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がんばれ!横浜高校野球部



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7 石川 雄洋
 (いしかわ・たけひろ)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2004年 183・78 右左 遊撃手 11年目 29
球歴 横浜ドラフト6位(05年〜
公式戦初出場 06年10月12日ヤクルト=神宮
背番号 52(05年〜09年)−7(10年〜

高校時代の活躍
静岡裾野シニア出身。1年夏からベンチ入り。抜群の走塁センス、シャープな打撃は下級生の時から光っていた。秋からは三塁のレギュラー。2年春のセンバツ出場。夏は1番荒波との1、2番コンビで県大会準優勝。秋からは一段と力強さが加わり、クリーンアップの一角として3番三塁手。春季関東大会優勝して、3年夏の甲子園出場。4試合で打率7割を超える打撃を見せてベスト8進出、大会後のAAA世界選手権にも選ばれた。
プロでの活躍
広角に打てる打撃センス。内野ならどこでも守れる三拍子揃った好選手。プロ2年目には一軍初出場。07年は開幕一軍もケガで19試合出場にとどまる。4年目の08年は開幕一軍は逃したが、途中昇格後は一軍定着。チームの不調もあり、若手抜擢の一人として遊撃手スタメン起用されて、夏場は村田の五輪出場の穴を埋める三塁手で出場機会を増やした。課題の打撃でも結果を出し、プロ入り最多の83試合出場。09年は、春季キャンプからポスト石井(現広島)として遊撃争いに一番手として期待され、開幕スタメンこそ逃したが、シーズン通して遊撃手で134試合出場。規定打席に到達してレギュラーに定着したが、課題もあった。開幕当初は打撃も好調でしたが、夏場以降は疲れもあり、低打率に苦しみ、.打率242に終わった。チーム一の盗塁、犠打と成長も見せたが、ワースト2位の失策数。左投手の克服が課題。オフには先輩・鈴木尚の7番を継承。10年シーズンは、激戦の遊撃争いから、1番遊撃手でレギュラーを獲得して、打撃も好調をキープ。リーグ2位の36盗塁。打率は3割目前の.294。チーム低迷の中、攻守のリードオフマンに成長。課題の守りも克服して、大きく飛躍したプロ6年目になった。11年は前半戦は1番ショート、後半戦は2番ショートで出場したが、終盤に脇腹を痛め離脱。打率.260 12盗塁と前年リーグ2位で36盗塁から大きく数字を落とした。後半戦以降は、下位打順や二塁への起用もあった。不本意に終わりに課題の多いシーズンになった。12年は新生DeNAの主将に監督から指名された。チーム事情もあり、セカンドにコンバート。開幕から打撃の調子がなかなか上がらなかったが、6月ごろから調子を上げていった。しかし、7月に右手小指の骨折で登録抹消。一時8月に一軍復帰したが、再び左手人差し指をまた骨折して、離脱。ケガに泣かされてシーズン80試合出場に終わった。13年のキャンプは遊撃手に再転向。開幕は1番遊撃手も打撃の調子が上がらず、下位に降格、さらに、打撃の調子が上がらずスタメンを外れることも多くなる。練習態度で問題ありと中畑監督に叱責され、5月後半には二軍降格となった。6月に調子を取り戻しして1軍復帰、昇格後は、1番二塁手でチームの牽引車として活躍。119試合出場。打撃成績13位。
14年は、主将3年目。開幕は1番二塁手でチームを牽引を期待された。開幕13打席目に初安打に次打席で初本塁打のスタート。5月には2試合連続本塁打を放ったが、打率が伸びない。スタメンを外される試合が続き、徐々に1番を外され、9月に入ると、途中加入助っ人と守備位置が重なり、プロ入り初の外野も守った。シーズン打率は2割4分8厘と最後まで持ち味である出塁率・打率と共に盗塁9と伸びなかった。しかし、チーム事情により、本職の内野に外野とそつなくプレーした経験を生かしたい。15年は主将を外れ、二塁手一本で勝負。初の3割に全試合出場。
試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 盗塁死 犠打
138 483 66 120 16 36 16
犠飛 四球 死球 三振 失策 長打率 出塁率 打率
32 98 .346 .306 .248

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2005年 横浜(イ) 45 74 18 - - - 25 .243
2006年 横浜 .000
2007年 横浜 19 24 .125
2008年 横浜 83 259 63 13 10 60 .243
2009年 横浜 134 463 112 15 24 19 13 98 .242
2010年 横浜 131 521 153 23 18 36 21 91 .294
2011年 横浜 125 446 121 11 22 12 30 95 .260
2012年 横浜DeNA 80 263 75 10 14 24 49 .285
2013年 横浜DeNA 119 459 126 12 41 51 76 .275
2014年 横浜DeNA 138 483 120 16 36 32 98 .248
一軍通算成績 831 2940 773 91 25 16 169 99 179 28 575 .263
個人打撃成績 10年(17位)11年(17位)13年(13位)14年(26位)

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
2003年(春)甲子園 2002年県大会 2002年秋関東大会 2002年明治神宮大会
2004年(夏)甲子園 2003年県大会 2003年春関東大会 2004年国体
2004年県大会 2004年春関東大会

甲子園戦績(2003年春、2004年夏)
第75回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 盛岡大付 (岩手) 6番(左)
3回戦 明徳義塾 (高知) 6番(三)
準々決勝 平安 (京都) 途中
準決勝 徳島商 (徳島) 6番(左)
決勝 広陵 (広島) 6番(左)
第86回全国高校野球選手権大会
1回戦 報徳学園 (兵庫) 6番(三)
2回戦 京都外大西 (京都) 3番(三)
3回戦 明徳義塾 (高知) 3番(三)
準々決勝 駒大苫小牧 (南北海道) 3番(三)
合計 9試合 30 11














松井 光介
(まつい・こうすけ)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1996年 右右 投手 78/8/24
球歴 亜細亜大学−JR東日本(01年〜05年)−ヤクルトドラフト3位(06年〜
公式戦初登板 06年4月5日巨人=神宮
背番号 44(06年〜13年)

高校時代の活躍
2年生までは外野手。夏は8番左翼で出場。秋からは1番中堅手を予定されていたが、当時エース丹波君の不幸により急造エースとなり、県大会準優勝。関東大会ベスト4。3年春のセンバツ出場した。春季関東大会ではノーヒットノーランを記録して準優勝。夏も県大会優勝で春夏連続甲子園出場。16年ぶりの夏勝利を挙げベスト16進出。小柄ながら気迫あふれる投球は、シニアの後輩(松坂投手)が尊敬する選手にあげています。
大学時代の活躍
大学3年まで3、4番手だったが、4年春は一気にエースに成長してリーグ戦優勝。最高殊勲選手に選ばれた。大学選手権では胴上げ投手になり、日米大学野球の代表にも選ばれた。
社会人時代の活躍
チームのエースとして都市対抗出場。02年は九州大会MVP獲得。数々の国際大会に出場して代表チームではストッパーをつとまる活躍を見せた。
03年、05年ワールドカップ、04年ハーレム大会、05年アジア野球選手権(日本代表)
プロでの活躍
28歳でのプロ入り。1年目から先発、中継ぎと40試合登板し、3勝をマーク。2年目、3年目が谷間の先発と中継ぎで1勝。09年は、後半戦に昇格して、ロング救援をこなす中継ぎ投手として17試合登板。10年もシーズン途中から昇格。中継ぎで21試合登板。9月には故障離脱。シーズン通して一軍と二軍の往復が続いた。11年はチームが故障者続出する中、シーズン中盤に一軍昇格後は、貴重な中継ぎとしてチーム優勝争いする中、ロングリリーフからショートリリーフと貢献し投球内容も安定した投球を見せた。27試合登板で3勝をマーク。12年もシーズン中盤になると一軍昇格。クライマックス出場争いの夏場に連日登板。厳しい中継ぎ登板が続いた。中身あるシーズン20試合登板。1勝ながら投球内容はチームに貢献した。毎年、シーズン中盤以降から中継ぎとして、貴重な戦力として活躍していたが、13年は、若手の成長もあり、出番が激変。シーズン2試合登板に終わった。そしてシーズン後、球団から戦力外通告を受ける。その後、現役引退を表明した。2014年からヤクルトの打撃投手兼スコアラーで球団フロント入り。体力的に恵まれない中、気力で念願のプロ入りして一軍で8年172試合登板。忘れられない1996年のエース。春夏甲子園出場は忘れられない功労者の一人。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
2006年 ヤクルト 40 64 62 18 53 33 29 4.08
2007年 ヤクルト 18 451/3 59 15 26 32 29 5.76
2008年 ヤクルト 27 411/3 41 17 33 16 15 3.27
2009年 ヤクルト 17 261/3 25 10 12 3.08
2010年 ヤクルト 21 30 30 11 25 17 16 4.80
2011年 ヤクルト 27 301/3 35 10 19 12 12 3.56
2012年 ヤクルト 20 18 17 12 4.50
2013年 ヤクルト 72.00
一軍通算成績
(実働8年)
172 11 2561/3 276 29 88 13 181 136 127 4.46

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1996年(春)甲子園 1995年県大会 1995年秋関東大会 1996年春関東大会
1996年(夏)甲子園 1996年県大会

リーグ戦成績 試合 自責 防御率
1年春
1年秋
2年春
2年秋
3年春 6.00
3年秋 18 1.50
4年春 671/3 18 2.41
4年秋  42 11 2.36
大学通算成績 試合 自責 防御率
24 10 1401/3 41 2.63
最高殊勲選手、最優秀投手(4年春)

甲子園戦績(1996年春・夏)
第68回選抜高校野球大会
回戦
1回戦 大阪学院 (大阪) 34
第78回全国高校野球選手権大会
2回戦 北嵯峨 (京都) 32
3回戦 福井商 (福井) 38
合計 3試合 27 104 17 16 12 11
第68回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大阪学院 (大阪) 6番(投)
第78回全国高校野球選手権大会
2回戦 北嵯峨 (京都) 7番(投)
3回戦 福井商 (福井) 1番(投)
合計 3試合












円谷 英俊
 
(つぶらや・ひでとし)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
2002年 右左 遊撃手 84/9/17
球歴 青山学院大学−巨人(社・大)ドラフト3位(07年〜12年)
公式戦初出場 08年4月15日中日=ナゴヤ
背番号 32(07年〜09年)−52(10年〜11年)−001(12年)

高校時代の活躍
1年秋からベンチ入り。フットワークのいい守備はセンス抜群で、三拍子揃った好選手。2年夏は荒波と1、2番コンビで、甲子園大会出場。ベスト4へ進出した。秋からはケガに泣かされて、3年夏は3番三塁手で3回戦敗退に終わった。
大学時代の活躍
1年春からリーグ戦出場。秋からは三塁手でレギュラー獲得し、打率.273をマーク。2年春からは5番三塁手。秋からは本職の遊撃手。3年春は、3番遊撃手で打率.444をマークして首位打者、ベストナインを獲得。リーグ戦優勝。秋は故障明けながら、打率.333をマーク。連続ベストナイン獲得。主将を任された4年春は3連覇達成、秋は連覇を逃し、打撃も低打率だったが、東都大学を代表する遊撃手。
プロでの活躍
シェアな打撃に堅実な守りと三拍子揃った大学屈指の遊撃手として入団。プロ2年目で初出場を果たすも、6試合出場。09年は初の開幕一軍も出場機会なく二軍落ち。内野手の故障もあり、8月に一軍昇格。いきなり出場1試合目に代打満塁本塁打がプロ初安打となり、お立ち台にもあがった。しかし、即二軍へ戻り、シーズン1試合出場のみ。10年シーズンも8月に一軍昇格も1試合出場のみ。12年は5月に1軍昇格し、スタメン起用されて、9回2死満塁から右安適時打の決勝打を放った。安打は2009年8月18日横浜戦の本塁打以来で、プロ2本目の安打。しかし、その後はシーズン13試合出場に終わり、オフには育成選手として再契約された。12年は右肩リハビリで育成枠契約で、イースタン53試合出場したが、シーズン後に戦力外通告。引退後は球団職員として、ジャイアンツアカデミーで将来のプロ選手を育てる。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2007年 巨人(イ) 88 294 71 12 27 20 55 .241
2008年 巨人 .000
2009年 巨人 .500
2010年 巨人 1
2011年 巨人 13 17 .118
2012年 巨人(イ) 53 93 24 17 .258
一軍通算成績
(実働6年)
21 21 .143

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
2001年(夏)甲子園 2001年県大会 2001年国体
2002年県大会

リーグ戦成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1年春 14 .286
1年秋 13 44 12 .273
2年春 13 46 13 .283
2年秋 11 38 .237
3年春 27 12 .444
3年秋 12 42 14 .333
4年春 12 46 13 .283
4年秋 12 49 11 .224
大学通算成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
86 306 88 37 .288
獲得タイトル 首位打者(3年春)ベストナイン遊撃手(3年春・秋)

甲子園戦績(2001年夏)
第83回全国高校野球選手権大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 開星 (島根) 2番(遊)
3回戦 秀岳館 (熊本) 2番(遊)
準々決勝 日南学園 (宮崎) 2番(遊)
準決勝 日大三 (西東京) 2番(遊)
合計 4試合 16

















55 福田 永将
 
(ふくだ・のぶまさ)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2006年 181・80 右右 内野手 9年目 27
球歴 中日(高校生)ドラフト3位(07年〜
公式戦初出場 09年7月7日東京ヤクルト=神宮
背番号 55(07年〜

高校時代の活躍
シニア時代には全日本の4番を打ち、強打で鳴らした。入学後は1年春からベンチ入り。夏にはエース涌井(西武)とのバッテリーで甲子園出場。秋からは4番に座る。一時期は故障もあり一塁手も経験しましたが、常に4番捕手。高校生離れした長打力にチーム打撃できる柔軟なバッティングは高校生離れ。高校通算49本塁打は歴代OBを凌ぐ。2年秋の選抜出場を決めた常総学院での弾丸ライナーの一発は度肝を抜いた。主将として個性派集団をまとめ、8年ぶりのセンバツ優勝。大舞台の甲子園では一発を放てなかったが、逸材揃えの中でも存在感は際だっていた。
プロでの活躍
高校球界屈指の強打で高卒ルーキーながら春季キャンプでは一軍昇格。しかし、1年目のシーズンはファームで9試合出場にとどまり無安打に終わる。秋にはバッティングを生かすため、捕手から一塁手にコンバート。プロ2年目は秋のフェニックスリーグでは13試合で5本塁打放つなど、自慢の打撃をアピール。09年は、春季キャンプ一軍入りも開幕は二軍スタート。しかし、6月対オリックス戦、1試合4二塁打(47年ぶり)の記録するなど好調な打撃をアピール。同月のウエスタンの月間MVPを獲得。7月に初の一軍昇格。代打で初打席初本塁打を放った。シーズン一軍17試合出場。一軍の足がかりは作った。10年シーズンは春季キャンプでは出場機会を増やすために三塁にも挑戦。シーズン途中一軍昇格も15試合に終わる。落合監督に打撃センスを認められてるだけに、攻守に安定感が出てくれば、出場機会が増えるはず。シーズン通して、一軍定着へ。
12年は春季キャンプから好調を維持し、右の代打として開幕一軍入り。開幕戦から代打として出場し、4/13のベイスターズ戦で代打としてプロ2本目のソロ本塁打を放った。、4/15にもタイガース戦でまたも代打としてプロ3本目のソロ本塁打を藤川球児から放った。2012年は、4年ぶりに捕手に再転向。春のオープン戦で結果を残し三番手捕手として2年連続の開幕一軍入り。5月1軍で初めて捕手のポジションに就き、同じ試合で自身初となるセカンドの守備にも就いた。この試合ではシーズン1号となるソロ本塁打を放つ。自己最多の49試合に出場したものの、打率.176、1本塁打と打撃で結果を残せず、守りも一塁手での出場が主だった。
内野手に専念した2013年、若手の選手の競争で、なかなか一軍のチャンスをもらえず、シーズン終盤に4試合出場。7打席と打撃でアピールする場面がなかった。14年は、4月に一軍昇格も10日後に降格。二軍で結果を出して、次の昇格が7月。代打での起用が続き、プロ8年目も一軍定着に届かず。オフに結婚。落合GMから評価されている打撃を、今年こそチャンスを生かし常時一軍。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2007年 中日(ウ) .000
2008年 中日(ウ) 32 66 16 19 .242
2009年 中日 17 16 .188
2010年 中日 15 12 .167
2011年 中日 12 17 .235
2012年 中日 49 51 20 .176
2013年 中日 .286
2014年 中日 10 12 .250
一軍通算成績 107 115 23 46 .200

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
2004年(夏)甲子園 2004年県大会 2004年春関東大会 2004年国体
2006年(春)甲子園 2005年県大会 2005年秋関東大会
2006年(夏)甲子園 2006年県大会 2006年春関東大会

甲子園戦績(2004年夏、2006年春・夏)
第86回全国高校野球選手権大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 報徳学園 (兵庫) 5番(捕)
2回戦 京都外大西 (京都) 7番(捕)
3回戦 明徳義塾 (高知) 8番(捕)
準々決勝 駒大苫小牧 (南北海道) 途(捕)
第78回選抜高校野球大会
1回戦 履正社 (大阪) 4番(捕)
2回戦 八重山商工 (沖縄) 4番(捕)
準々決勝 早稲田実 (東京) 6番(捕)
準決勝 岐阜城北 (岐阜) 6番(捕)
決勝 清峰 (長崎) 6番(捕)
第88回全国高校野球選手権大会
1回戦 大阪桐蔭 (大阪) 4番(捕)
合計 10試合 32





















52 佐藤 賢治
 (さとう・けんじ)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2006年 181・87 右左 外野手 9年目 27
球歴 千葉ロッテ(高校生)ドラフト2位(07年〜10年途)−日本ハム(10年途〜
公式戦初出場 10年5月27日中日=石川県立
背番号 57(07年〜10年途)−69(10年途)−52(11年〜

高校時代の活躍
入学当初は投手でしたが、外野手に転向。レギュラーになった2年秋からは5番右翼手。パワフルな打撃に加え、柔らかいバットコントロールは広角に打ち分ける強打者。4番福田と共にクリーンアップを組んで3年夏季県大会では5割を超える打率。春夏の甲子園では4割を超える打率にチーム一の打点を挙げるなど大舞台に強かった。
プロでの活躍
パンチ力あるバッティングに遠投115メートルの強肩、俊足。身体能力は高い。プロ2年目はファーム強化選手の一人として、打順下位ながら常時出場。春先は打撃好調で打撃10傑入り。夏には山形でのフレッシュオールスターゲームにも出場。しかし、シーズン打撃成績.220はに終わった。秋にはハワイのウインター・リーグに派遣され、08年は強化選手の一人として、常時出場していたが、09年はスタメンを外れることも多く、21試合出場に終わる。攻守に伸び悩んでいたプロ4年目の10年。シーズン途中5月に、日本ハムへ異例の無償トレード。移籍即5月にプロ初の一軍昇格。初打席初安打初打点を記録。スタメン出場もあったが、一軍9試合出場。攻守に潜在能力がある選手だけに移籍を機に一軍への足がかりを作った。11年は移籍2年目、プロ入り初の開幕一軍スタートも、8試合出場。結果を残せず。12年はイースタンでは78試合出場。打率.245 7本と成績はあげているが、一軍出場はなかった。昨秋のキャンプから栗山監督に期待され奮起を促されていた。2013年、開幕は二軍スタートもシーズン中盤からスタメン起用が続き、結果も出した。6月にプロ初本塁打を放ち、夏場には殊勲打でレギュラー確保へ大きな一打。9月にはプロ7年目で初の4安打。本拠地・札幌ドームで初のお立ち台も経験。シーズン38試合出場。打率.242 2本塁打に15打点。14年はプロ初の開幕一軍スタート。4/13西武戦で移籍して本拠地初本塁打。4月に3本塁打を放ち、チームの難攻不落の牧田(埼玉西武)からも本塁打を放った。スタメン出場も続いた。5月に入っても適時打を放つ活躍見せるも、徐々に安打が出なくなり、結果が出ない。打率が2割を切ったところで6/23に二軍降格。しかし、プロ入り最多の44試合出場も後半は不完全燃焼。もうプロ9年目、チャンスを生かし切れない。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2007年 ロッテ(イ) 75 199 39 15 13 47 .196
2008年 ロッテ(イ) 70 236 52 19 12 52 .220
2009年 ロッテ(イ) 21 56 11 24 .196
2010年 日本ハム 18 .111
2011年 日本ハム .143
2012年 日本ハム(イ) 31 95 33 13 10 .347
2013年 日本ハム 38 91 22 15 12 28 .242
2014年 日本ハム 44 107 21 38 .196
一軍通算成績 99 223 46 25 16 77 .206

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
2006年(春)甲子園 2004年県大会 2005年秋関東大会
2006年(夏)甲子園 2005年県大会 2006年春関東大会
2006年県大会

甲子園戦績(2006年春・夏)
第78回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 履正社 (大阪) 5番(右)
2回戦 八重山商工 (沖縄) 5番(右)
準々決勝 早稲田実 (東京) 4番(右)
準決勝 岐阜城北 (岐阜) 5番(右)
決勝 清峰 (長崎) 5番(右)
第88回全国高校野球選手権大会
1回戦 大阪桐蔭 (大阪) 5番(右)
合計 6試合 26 11

















00 高濱 卓也
 (たかはま・たくや)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2007年 184・84 右左 遊撃手 8年目 26
球歴 阪神(高校生)ドラフト1位(08年〜11年途)−千葉ロッテ(11年途〜
公式戦初出場 11年5月24日広島=広島
背番号 36(08年〜10年)−66(11年途)−00(11年途〜

高校時代の活躍
城南中(佐賀)軟式野球時代は全国ベスト8のエース。入学直後から三塁手のレギュラー獲得。シェアな打撃で1年夏には3番三塁手。秋からは遊撃手。2年春夏甲子園出場。春甲子園大会では打率.417 7盗塁に強肩攻守で優勝に大きく貢献。夏の県大会も1試合2本塁打を含む打率.500をマーク。2年秋から主将。1番遊撃手でチームを牽引したが、夏はベスト4敗退。3年では甲子園出場ならなかった。
プロでの活躍
遠投120m、シェアな打撃で高校通算18本塁打。強肩を生かした併殺プレーは高校生離れしている。プロ1年目はケガに苦しんだ。春季キャンプから下半身の相次ぐ故障でシーズン中は別メニュー調整。試合出場なしに終わった。秋季練習ではひざの負担を減らすために外野手にも挑戦。ルーキー年は故障のため、出場なしに終わったが、2年目はウエスタン28試合出場。しかし、まだまだ高校時代には中田(日本ハム)と共に注目された潜在能力の高さが発揮されていない。10年シーズン、プロ3年目で初めて開幕からスタメン出場。しかし、またもケガに泣かされて39試合出場。プロ3年間、結果を残していない。プロ4年目の11年はキャンプ途中に一軍抜擢されて、紅白戦で結果を残して、一軍帯同。オープン戦でも好調をキープ。しかし、FAの人的補償で千葉ロッテに3月に電撃的に移籍。シーズンは交流戦で初の一軍昇格。即スタメンでプロ4年目でプロ初安打。その後もレギュラー不在だっった遊撃で19試合出場した。来季への足がかりを作った。5年目、イースタンでは95試合出場して3割をマーク。主軸を任されたが、シーズン途中一軍昇格も2試合のみ。ファーム日本選手権では優秀選手に選出される。常時一軍を目指した13年。一軍内野手の負傷により、一軍昇格し,2年ぶりとなる安打を放ったものの,わずか10日ほどで再び二軍降格。14年は、開幕から二軍で、イースタン打撃成績トップの好調さを買われ、2度目の昇格となった8月、先発スタメンされると結果を出していった。プロ入り7年目で初打点。内野をどこでも守れる守備力も買われ一軍定着。代打、守備要員からスタメンと結果を出していき、プロ入り最多出場の36試合出場、69打16安 打率.232。イースタンでは73試合出場。打率3割5分5厘で首位打者、最高出塁率の二冠獲得。15年は激戦の内野争いを制して、一軍レギュラー獲得へ足がかりから奪取したい。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2008年 阪神(ウ)
2009年 阪神(ウ) 28 31 17 .194
2010年 阪神(ウ) 39 82 16 18 .195
2011年 ロッテ 19 48 10 21 .208
2012年 ロッテ .000
2013年 ロッテ 14 .214
2014年 ロッテ 36 69 16 11 .232
一軍通算成績 63 134 29 36 .216

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
2006年(春)甲子園 2005年県大会 2005年秋関東大会
2006年(夏)甲子園 2006年県大会 2006年春関東大会
2007年県大会

甲子園戦績(2006年春・夏)
第78回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 履正社 (大阪) 3番(遊)
2回戦 八重山商工 (沖縄) 3番(遊)
準々決勝 早稲田実 (東京) 3番(遊)
準決勝 岐阜城北 (岐阜) 3番(遊)
決勝 清峰 (長崎) 3番(遊)
第88回全国高校野球選手権大会
1回戦 大阪桐蔭 (大阪) 3番(三)
合計 6試合 28 11 10



















45土屋 健二
 (つちや・けんじ)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2008年 181・85 左左 投手 7年目 25
球歴 日本ハムドラフト4位(09年〜12年)−横浜DeNA(13年〜
公式戦初出場 10年4月28日オリックス=札幌
背番号 37(09年〜12年)−45(13年〜

高校時代の活躍
富士シニア時代は世界大会の日本代表。1年春からベンチ入り。夏は野手としてスタメン出場。甲子園では代打出場。秋からは3番手投手兼外野手。2年夏は4番も任された。秋からはエース。県大会、関東大会優勝。切れのあるストレートにチェンジアップが武器。多彩な変化球の緩急を生かした左腕投手。3年春夏甲子園出場。春は初戦敗退したが、夏は全国ベスト4。打たれながらも粘り強い投球を見せた。打撃もセンス抜群。高校通算25本塁打。
プロでの活躍
先輩・成瀬を思わせる投球術。フィールディングも抜群。センスある打撃とプロで大成する素質は十分。高卒ルーキー投手ながら、開幕から二軍の先発投手に起用され、夏のフレッシュオールスター出場。先発して無失点投球を見せた。しかし、夏場以降は疲れから、勝ち星を伸びずイースタン5勝に終わった。2年目の10年シーズンは、ウエスタンの先発の柱として、チーム最多の7勝。防御率もリーグ2位の3.34。初の一軍マウンドも経験。4月に中継ぎとして3試合登板。3被弾を浴びるなどプロの先例を受けたが、一軍で得た経験を糧に課題克服して、成長の跡を見せた。イースタン・リーグの優秀選手賞とベースボール・マガジン選定のビッグホープ賞を受賞。11年は一軍への飛躍の年にならず、イースタン21試合に終わり、一軍登板はなかった。12年はイースタンでは18試合5勝5敗と先発の一角として使われた。一軍昇格も1試合のみ。1死もとれず。オフに地元ベイスターズへ交換トレードで移籍。オフから新球としてシュートの習得に本格的に取り組み、慣れ親しんだ横浜で先発入りを狙う。13年は開幕一軍に入り、初登板となった4月の東京ヤクルト戦でプロ初勝利を挙げる。しかし、左肩痛もあり、7試合登板にとどまった。14年は移籍2年目、キャンプから一軍帯同。オープン戦も先発左腕不足のチーム事情からチャンスを与えられた。開幕直後に一軍登録。しかし、結果を出せず降格。7月に再昇格も、シーズン7試合勝ち星なしに終わった。二軍では20試合防御率1.35と結果出したが、もう結果を出すのみ。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
2009年 日ハム(イ) 17 802/3 98 29 68 60 56 6.25
2010年 日本ハム 1/3 12 10 10 16.88
2011年 日ハム(イ) 21 781/3 76 33 50 40 36 4.14
2012年 日本ハム
2013年 横浜DeNA 2/3 15 6.52
2014年 横浜DeNA 2/3 11 5.40
一軍通算成績 18

212/3 42 12 13 30 26 10.80

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
2006年(夏)甲子園 2006年県大会 2006年春関東大会 2008年大分国体
2008年(春)甲子園 2007年県大会 2007年秋関東大会
2008年(夏)甲子園 2008年県大会 2008年春関東大会

甲子園戦績(2006年夏、2008年春・夏)
第80回選抜高校野球大会
回戦
1回戦 北大津 (滋賀) 29
第90回全国高校野球選手権大会
1回戦 浦和学院 (埼玉) 40 14
2回戦 広陵 (広島) 37 11
3回戦 仙台育英 (宮城) 36
準々決勝 聖光学院 (福島) 31
準決勝 大阪桐蔭 (大阪) 41 14
合計 51 214 60 31 11 26 21
第88回全国高校野球選手権大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大阪桐蔭 (大阪) 代打
第80回選抜高校野球大会
1回戦 北大津 (滋賀) 5番(投)
第90回全国高校野球選手権大会
1回戦 浦和学院 (埼玉) 6番(投)
2回戦 広陵 (広島) 7番(投)
3回戦 仙台育英 (宮城) 7番(投)
準々決勝 聖光学院 (福島) 8番(投)
準決勝 大阪桐蔭 (大阪) 8番(投)
合計 7試合 25
















25 筒香 嘉智
 (つつごう・よしとも)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2009年 185・97 右左 外野手 6年目 24
球歴 横浜ドラフト1位(10年〜
公式戦初出場 10年10月5日巨人=横浜
背番号 55(10年)−8(11年)−25(12年〜

高校時代の活躍
和歌山県出身。堺ビックボーイズ出身。シニア時代には、関西選抜として世界大会に出場。横浜高入学直後からレギュラー。夏は4番一塁手。2年春夏甲子園出場。夏の初打席に弾丸ライナーの本塁打を放ち、準々決勝では1試合2本塁打を含む大会タイ記録となる8打点をマーク。大会3本塁打を記録した。2年秋からは主将。3年春からは、驚異的なペースで本塁打を量産。歴代OBトップの69本塁打を放った。夏の県大会ベスト8敗退で2年連続の甲子園出場はならず。今年注目のルーキー菊池(西武)から5月の練習試合で本塁打を放っている。
プロでの活躍
紀田(94年)以来の野手ドラフト1位指名。プロ1年目の10年は、開幕からイースタンで4番三塁で英才教育され、シーズン新人記録を更新する26本塁打、88打点のリーグ2冠を獲得。満塁の好機に2本塁打と勝負強さも見せた。シーズン終盤に一軍昇格し、最終戦で初安打・初本塁打を記録。低迷が続くチームの明るい希望。背番号も一桁の『8』に変更。ハマのゴジラは卒業。今年はレギュラー獲りへ期待は大きい。先輩鈴木尚(元横浜)以来の希代のスラッガーは、抜群のスイングスピードに加え、リストの使いも柔らかく、広角に打ち分ける打撃力を持っている。11年のプロ2年目は二軍スタート。5月下旬に右手首を損傷し、8月中旬まで戦線離脱。手術も考えられたが、順調に回復し、8月末の一軍昇格するまでに14本塁打をマークして、イースタンでは2年連続の本塁打王のタイトルを獲得。一軍昇格後は持ち前の長打力を発揮して40試合出場し、8本塁打をマーク。9月には月間4本塁打を放ち、打順はクリーンアップを任された。3年目はポスト村田を期待されて、開幕は左足首の故障で出遅れて、5月に一軍昇格。シーズン通して、主軸を任された。三塁に一塁が主でしたが、外野を守ったことも。本塁打10本と2ケタは打ったが、与えられたポジションでの常時出場だった。真価を問われた13年は実力勝負の方針で、オープン戦で負傷で開幕にギリギリ間に合った。しかし、序盤のチャンスを生かせず、8月からは二軍降格し、それ以降は一軍昇格はなかった。一軍出場は23試合出場のみ。14年は飛躍の年になった。オープン戦3割6分の高打率に12球団トップの13四球。開幕5番でスタート。39打席目で1号本塁打。4月のヤクルト戦では4番でプロ初スタメン。その後も、4番もしくは5番を任された。しかし、故障で6月に登録抹消も10日で一軍復帰。7/1には自己最多10本塁打に並んだ。7月には2戦連発を含む、2打席連続弾も放つ。8月には18号を放ち、自分の打撃が出来つつあった。また、8/13中日戦で守備で味方選手と交錯して負傷し、救急車で搬送された。長期離脱と思われたが、9/6に一軍復帰。3週間ぶり実戦復帰も2安打。さらに9/26には20号本塁打を記録。OB4人目。シーズン成績。打率3割 22本塁打 77打点。12球団得点圏打率トップと5年目でハマの大砲が開花。守りは本来の三塁ではなく左翼手として守れるところを見せた。オフの日米野球の代表メンバーに選出されて、スタメン起用されて適時打を放つ。15年は先輩の石川選手から主将を受け継ぎ、さらなる4番左翼手としてシーズン通して、出場すれば結果は出るはずだ。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2010年 横浜 .143
2011年 横浜 40 145 35 10 22 13 51 .241
2012年 横浜DeNA 108 386 84 16 10 45 51 102 .218
2013年 横浜DeNA 23 51 11 13 .216
2014年 横浜DeNA 114 410 123 24 22 77 53 100 .300
一軍通算成績 285 999 254 51 52 148 122 267 .254
個人打撃成績 12年(24位)14年(12位)

関連リンク
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2008年(夏)甲子園 2008年県大会 2008年春関東大会
2009年県大会 2009年春関東大会

甲子園戦績(2008年春・夏)
第80回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 北大津 (滋賀) 3番(三)
第90回全国高校野球選手権大会
1回戦 浦和学院 (埼玉) 7番(三)
2回戦 広陵 (広島) 4番(三)
3回戦 仙台育英 (宮城) 4番(三)
準々決勝 聖光学院 (福島) 4番(三)
準決勝 大阪桐蔭 (大阪) 4番(三)
合計 6試合 23 11 15







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