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がんばれ!横浜高校野球部



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部坂 俊之
(へさか・としゆき)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1992年 右右 投手 74/7/15
球歴 亜細亜大−東芝府中−阪神ドラフト4位(99年〜02年)
公式戦初登板 99年4月28日中日=ナゴヤドーム
背番号 41(99年〜02年)

高校時代の活躍
1年秋からベンチ入り。エース田本との2枚看板として挑んだ2年夏県大会決勝では先発を任されたが、準優勝に終わる。秋からはエース。県大会優勝で3年春センバツ出場。1回戦で新野に逆転負けを喫した。春季関東大会優勝も夏は2年連続決勝で桐蔭学園に敗れて、夏の甲子園には届かなかった。横浜高校にしては珍しい本格派の下手投げエースでした。
大学時代の活躍
入学当初は2部リーグだったチームを1部に昇格させるなど、下級生から活躍。4年秋には12季ぶりの優勝に大きく貢献する4勝をあげ、ベストナイン、最高殊勲選手を獲得する。大学通算14勝をマーク。高校からの同期、中野(元中日)とバッテリーを組んだ。
プロでの活躍
東芝府中では都市対抗で活躍して、プロ入り。在籍4年間で勝ち星なし。先発するなどチャンスもあったが、生かし切れなかった。退団後は台湾プロ野球の中信、カナディアン・ベースボールリーグを経て、04年に現役引退。06年からは東北楽天の打撃投手を務める。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1999年 阪神 16 221/3 24 15 3.22
2000年 阪神 1/3 0.96
2001年 阪神 2/3 6.75
2002年 阪神 1/3 2.84
2003年 中信 10 20 13 12 10 9.00
日本通算成績
(実働4年)
34 402/3 38 15 23 14 13 2.88

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1992年(春)甲子園 1991年県大会 1991年秋関東大会 1992年春関東大会
1992年県大会

リーグ戦成績 試合 自責 防御率
1年春
1年秋
2年春
2年秋 241/3 2.25
3年春(二部) 502/3 10 1.78
3年秋 661/3 24 3.25
4年春 10 642/3 15 2.09
4年秋 511/3 16 2.81
大学通算成績 試合 自責 防御率
34 14 10 2172/3 63 2.60
最高殊勲選手、最優秀投手、ベストナイン投手(4年秋)
(二部)最高殊勲選手、最優秀投手(3年春)

甲子園戦績(1992年春)
第64回選抜高校野球大会
回戦
1回戦 新野 (徳島) 35
合計 1試合 35
打順/守 二塁 三塁
1回戦 新野 (徳島) 8番(投)
合計 1試合














阿部 真宏
 (あべ・まさひろ)
卒業時 投打 ポジション 年齢
1996年 右右 遊撃手 78/5/12
球歴 法政大学−大阪近鉄ドラフト4位(01年〜04年)−オリックス(05年〜09年)−西武(10年〜12年)
公式戦初出場 01年3月24日日本ハム=東京ドーム
背番号 41(01年〜04年)−4(05年〜09年)−9(10年〜12年)

高校時代の活躍
1年春からベンチ入りし、秋からは同期の幕田(元中日)と共にクリーンアップを任される。2年時は3番遊撃。夏の県大会はベスト4。秋は関東大会ベスト4。3年の春センバツ出場。高校日本代表にも選ばれる。夏の県大会は打率4割台に試合を決める決勝本塁打を放ち、春夏甲子園出場。攻守、特に抜け目のない走塁は甲子園でも随所に見せて、ベスト16に進出した。
大学時代の活躍
1年秋からレギュラーを獲得、先輩・平馬と三遊間も組んだ。層の厚い法大で2年から4番を任されて、秋には首位打者と打点王の二冠。ベストナイン3回、日米大学野球の代表メンバーにも選ばれ、3年には全日本の一員として、五輪予選のメンバーにも出場した。東京六大学を代表する走攻守揃ったスラッガーで鳴らした。
プロでの活躍
ルーキー年から44試合出場。プロ2年目に遊撃の定位置を確保。3年目はオールスターに初出場して、打率.291の活躍。4年目オフに近鉄消滅のため、オリックスへ移籍。05年はレギュラー出場で打率.281。しかし、ここ3シーズンはケガに泣かされ、不本意なシーズンが続いている。07年はルーキー大引の台頭で二塁手へコンバートされ、故障離脱もあり、77試合出場に終わる。オフの右ヒジ手術。08年は開幕一軍も二塁手争いでライバル後藤の打撃好調もあり、控えに甘んじ、55試合出場で打率.218に終わる。昨年の打撃不振からレギュラー奪回の09年開幕。ライバルの後藤、大引の故障で7月末に一軍昇格。当初は打撃好調で2番を任され、攻守に存在感を見せた。二塁ならび三塁と守備の安定感は抜群だけに、後半戦は貴重な戦力として46試合出場。10年シーズンは春季キャンプ中に西武へ緊急トレード移籍。春季キャンプ中に西武にトレード移籍。守備固め、左投手スタメンと打順も上位、下位とこなし64試合出場。本職が二遊間だが、内野ならどこでも守れるユーティリティプレイヤーぶりを発揮。一軍には欠かせない選手を確立しつつある。12年は開幕一軍スタートも、チーム事情で24試合出場に終わる。近年は二遊間を中心に内野を全て守れるユーティリティープレイヤーを発揮していたが、2012年はイースタン56試合出場。一軍は14試合出場に終わった。チームの若返り策の影響もあり、シーズン後に戦力外通告を受けて現役引退。13年からは球団職員としてライオンズアカデミーのコーチ。15年から現場復帰して、一軍打撃コーチ。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2001年 近鉄 44 93 18 11 10 .194
2002年 近鉄 125 338 71 16 29 21 49 .210
2003年 近鉄 111 398 116 28 43 33 37 .291
2004年 近鉄 123 380 94 21 50 42 46 .247
2005年 オリックス 127 331 93 13 35 37 45 .281
2006年 オリックス 67 203 44 21 17 24 .217
2007年 オリックス 77 239 62 14 18 18 21 .259
2008年 オリックス 55 119 26 15 .218
2009年 オリックス 46 148 39 10 23 18 19 .264
2010年 埼玉西武 64 125 32 10 21 14 .256
2011年 埼玉西武 24 24 .167
2012年 埼玉西武 14 14 .000
一軍通算成績
(実働12年)
877 2412 599 123 26 250 23 22 224 30 286 .248
個人打撃成績 03年(22位)04年(31位)
オールスター出場(1回) 03年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1996年(春)甲子園 1994年県大会 1995年秋関東大会 1996年春関東大会
1996年(夏)甲子園 1995年県大会
1996年県大会

リーグ戦成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1年春 .250
1年秋 17 .176
2年春 12 40 11 .275
2年秋 12 45 17 14 .378
3年春 12 43 15 12 .349
3年秋 11 38 .184
4年春 12 47 17 .362
4年秋 13 47 11 .234
大学通算成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
82 281 82 42 .292
首位打者(2年秋)ベストナイン三塁手(2年秋)ベストナイン遊撃手(3年春)(4年春)

甲子園戦績(1996年春・夏)
第68回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大阪学院 (大阪) 4番(遊)
第78回全国高校野球選手権大会
2回戦 北嵯峨 (京都) 4番(遊)
3回戦 福井商 (福井) 4番(遊)
合計 3試合















55 後藤 武敏
 
(ごとう・たけとし)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
1998年 176・84 右右 内野手 13年目 35
球歴 法政大学−西武ドラフト自由枠(03年〜11年)−横浜DeNA(12年〜
公式戦初出場 03年3月28日日本ハム=西武ドーム
背番号 6(03年〜11年)−55(12年〜

高校時代の活躍
浜松シニア出身。1年春からクリーンアップを打ち、関東大会では4番も任された。夏の甲子園出場時はただひとり1年生でベンチに入りして、代打出場でヒットも打った。秋からは故障に泣いていましたが、2年秋からは松坂らと共に強打の一塁手で、98年春夏連覇に貢献。センバツでは弾丸ライナーの左翼本塁打を放つ。夏の県大会は、打率.640 本塁打3 打点22と驚異的な数字を残した。夏の甲子園大会では腰痛で苦しめられ本来の力が十分出せなかったが、大逆転勝ちした明徳義塾戦では執念の同点打を放った。高校通算33本塁打。
大学時代の活躍
2年春にいきなり4番デビュー。そして一気に戦後10人目の三冠王を獲得。秋のリーグ戦も史上3人目の連続首位打者に輝き、全日本入り。3年からは三塁手に転向。3度のベストナインを獲得して、東京六大学を代表するスラッガー。4年には、日米大学野球、世界大学選手権にも選ばれる。
プロでの活躍
98年春夏連覇メンバーから松坂、小池に次いでプロ入り。ルーキーで46年ぶりの開幕4番デビューから左投手限定でクリーンアップを任された。101試合出場して11本塁打を放つ1年目だった。2年目以降は、1軍での出場機会が減り伸び悩んでいる。07年は2年ぶりの一軍出場も20試合出場にとどまる。08年は、開幕一軍を逃すも6月に一軍昇格。即スタメン起用されて、3試合目に5年ぶりのホームランを放ち、プロ入り初の1試合2ホーマーを記録。好調な打撃で夏場の五輪出場で主力が抜けたチームを支える活躍を見せた。守備が課題だったが、左翼手に起用にされ克服。後半戦は4番に座るなど、打率、本塁打とも自己最高を残した。ポストシリーズでは、CSで2本塁打。初の日本シリーズでは初戦に本塁打を放つ。09年からは外野手登録になり、開幕スタメン出場も古キズの腰痛再発で故障離脱。7月まで故障離脱。8月にはプロ入り初のサヨナラ本塁打を放つなど左翼手、指名打者で54試合出場。08年同様、シーズン途中からレギュラーで活躍。故障さえなければ主軸を打てる打力を持ちながら、慢性のケガに毎年泣かされる。外野手兼任で新境地を見せたが、10年シーズンは開幕スタメンもまたも腰痛に右足太ももを痛めて5月に二軍降格。わずか16試合出場、本塁打0に終わる。
12年はイースタン生活に、二軍で主に出場。一塁手での守備位置に限定され、一軍出場も24試合では0本塁打で力を発揮することはできなかった。シーズンオフに武山(横浜)捕手と交換トレードで新生横浜DeNAベイスターズに移籍。ここ2年間40試合出場は不本意。高校時代の本拠地横浜スタジアムで迎えた12年は開幕前に右太腿の張りの影響もあり、前半戦は二軍暮らしだったが、後半戦から一軍に昇格。夏場の8月には3年ぶりの本塁打に月間6本塁打を放った。貴重な右の代打に左投手のスタメンとして貴重な一軍戦力で活躍。13年は、開幕当初は、代打スタートも本塁打を放つなど、貴重な代打、スタメン出場。終盤の9月には打撃爆発。月間打率4割5分2厘、3本、9打点とレギュラークラスの活躍。8月まで2割4厘しかなかった打率が、3割まで上げてきた。主砲ブランコの代わりにスタメン出場した6試合は打率は5割5分。穴を埋めて余りある活躍をした。同期の小池が引退した試合で、抱き合った両選手の姿は、感動でした。
14年は二軍スタートも5/17に一軍昇格。初打席で本塁打。2度目の昇格の6/18も即スタメン起用され、バックスクリーンへ本塁打。6/28広島戦では息子の誕生日にダメ押しの本塁打を放つなど、長打力と勝負強さを発揮。7/24中日戦では07年以来の三塁で先発出場。左キラーで先発スタメン4番に座ることもあり、守りでも一塁が主だが、チーム事情により、三塁、左翼手としてもスタメン起用され、チームとして貴重な戦力として活躍。終盤はCS進出を目指すチームの原動力として貴重な適時打を放ち、本塁打7本ながら、打撃でも守りでも欠かせない選手として活躍。
最強1998年メンバー現役は松坂(ソフトバンク)と2人となった。まだまだ馬力は劣っていない。

年度 チーム 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2003年 西武 101 252 66 15 11 44 17 57 .262
2004年 西武 24 47 15 .191
2005年 西武 25 39 11 .205
2006年 西武(イ) 84 295 78 - - 52 - 41 57 .264
2007年 西武 20 37 12 .162
2008年 西武 49 166 50 14 12 27 16 31 .301
2009年 西武 54 147 43 23 13 33 .293
2010年 西武 16 29 .138
2011年 西武 24 33 13 .152
2012年 横浜DeNA 51 125 32 15 12 26 .256
2013年 横浜DeNA 62 88 25 14 19 .284
2014年 横浜DeNA 68 145 41 31 18 34 .283
一軍通算成績 494 1108 289 58 47 164 108 260 .261

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
1996年(夏)甲子園 1996年県大会 1996年春関東大会 1997年明治神宮大会
1998年(春)甲子園 1997年県大会 1997年春関東大会 1998年国体
1998年(夏)甲子園 1998年県大会 1997年秋関東大会
1998年春関東大会

リーグ戦成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1年春 - - - - - -
1年秋 - - - - - -
2年春 12 44 20 14 .455
2年秋 13 43 17 14 .395
3年春 13 48 13 .271
3年秋 13 48 14 .292
4年春 10 36 .250
4年秋 12 39 .154
大学通算成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
73 258 79 52 .306
ベストナイン一塁手(2年春)(2年秋)三塁手(3年春)三冠王(2年春)

甲子園戦績(1996年夏、1998年春・夏)
第78回全国高校野球選手権大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 北嵯峨 (京都) - - - - -
3回戦 福井商 (福井) 代打
第70回選抜高校野球大会
2回戦 報徳学園 (兵庫) 6番(一)
3回戦 東福岡 (福岡) 4番(一)
準々決勝 郡山 (奈良) 4番(一)
準決勝 PL学園 (大阪) 6番(一)
決勝 関大一 (大阪) 6番(一)
第80回全国高校野球選手権大会
1回戦 柳ヶ浦 (大分) 4番(一)
2回戦 鹿児島実 (鹿児島) 3番(一)
3回戦 星稜 (石川) 4番(一)
準々決勝 PL学園 (大阪) 3番(一)
準決勝 明徳義塾 (高知) 3番(一)
決勝 京都成章 (京都) 3番(一)
合計 12試合 45 13 10














17成瀬 善久
 (なるせ・よしひさ)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2003年 180・87 左左 投手 12年目 30
球歴 千葉ロッテドラフト6位(04年〜14年)−東京ヤクルト(15年〜
公式戦初登板 06年5月17日横浜=横浜スタジアム
背番号 60(04年〜07年)ー17(08年〜

高校時代の活躍
栃木の中学時代は全国3位の実績がある。入学後は、1年秋からベンチ入り。2年秋からはエース。県大会、関東大会で優勝。3年春のセンバツ出場。甲子園では5試合で無四球試合を2試合マークするなど抜群の制球力で4勝をマーク、決勝では広陵に大敗を喫したが準優勝。夏季県大会は決勝で横浜商大に打ち込まれて、春夏連続甲子園にあと一歩届かず。
プロでの活躍
ヒジがしなるシャープな腕の振りに、しっかり踏み込んでから体を回転させるバランスの良さは一級品。キレのある直球に加え、スクリューボール、カーブ、スライダーを内外角への制球力は抜群。プロ3年目に初勝利を飾り、5勝をマーク。07年は開幕6番手でローテ入りから投手2冠の大躍進。開幕6連勝を含むプロ4年目で初めて規定投球回をクリアし、9割を超える勝率と1点台の防御率は48年ぶりプロ野球史上5人目の快挙を飾った。さらに日本代表の先発3本柱を任される。大ブレークした。08年は、開幕ローテション入りも好投しても援護ない登板があるなど、勝ち星が伸びず、白星は8勝に終わる。北京五輪には代表選出。カナダ戦では先発白星を飾った。09年は、春季キャンプの出遅れもありながら、オールスター以降は無傷の7連勝で勝ち星も2ケタに乗せて、チームトップの11勝をマーク。10年シーズンはベテラン清水の移籍でエースを期待され、初の開幕投手。年間通じて、先発ローテを守り切り、初の200イニングスを突破。シーズン3位でCSに出場。クライマックスシリーズでは2勝を挙げてMVPを獲得。日本シリーズでは初戦で白星をマークして、下克上日本一の立役者になった。
11年は3年連続2ケタながら負け越し、チームも最下位に終わった。序盤は順調だったが、交流戦後半から調子を崩し、最後までエースらしい投球が出来なかった。しかし、チームトップの6完投3完封4無四球と投手陣の柱として踏ん張りは見せた。毎回奪三振2度以上記録した。プロ野球史上4人目を記録した。12年は不動のエースとして開幕からチームの大黒柱として7月には2ケタをマーク。しかし、夏場以降は大事な試合を白星を挙げられず、チームの低迷にも影響した。後半2勝7敗と粘り強い投球も実らずチーム一の12勝も11敗と昨年同様、後半にスタミナ切れの感があった。しかし、エースとして4年連続2ケタをマークした。13年もエースとして4年連続開幕投手。開幕から先発の柱として5月までに4勝をマーク。しかし、6月末から左肩痛で3ヶ月間故障離脱。シーズン終盤に先発復帰登板。負けはしたが、投げられたことが、大きかった。クライマックスシリーズにも先発で登板。4年連続2ケタ、シーズン4勝は一軍定着以降では、最小。
 復活をかけた14年、5年連続開幕投手としてスタートも黒星。4月は1年ぶりの完投勝利。切れのあるストレートが戻りつつあった。交流戦では対巨人戦6連勝とパ・リーグ投手最多。しかし、6/8巨人戦で1回降板で二軍降格された。即一軍復帰すると交流戦6人目の通算20勝を記録。6/28の登板で左肩痛で故障離脱。7/11に戦列復帰も粘りの投球が戻ったのは7月後半。その後は、登録、抹消を繰り返し、8/31には無失点投球を見せるもシーズン9勝に終わり負けは11敗。手痛い一発を浴びた。オフにFA移籍でセ・リーグに移籍。心機一転、もう一度成瀬らしい投球を見せる。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
2004年 ロッテ(イ) 19 - 472/3 51 18 47 34 32 6.04
2005年 ロッテ(イ) 20 - 562/3 57 13 47 23 22 3.49
2006年 ロッテ 13 781/3 75 21 83 33 30 3.45
2007年 ロッテ 24 16 1731/3 132 10 27 138 36 35 1.82
2008年 ロッテ 22 1502/3 126 12 35 119 57 54 3.23
2009年 ロッテ 23 11 1532/3 146 14 28 156 61 56 3.28
2010年 ロッテ 28 13 11 2032/3 173 29 34 192 78 75 3.31
2011年 ロッテ 26 10 12 1892/3 188 15 18 151 75 69 3.27
2012年 ロッテ 28 12 11 2002/3 176 21 34 122 71 63 2.83
2013年 ロッテ 14 87 81 13 25 51 36 29 3.00
2014年 ロッテ 23 11 1422/3 153 18 41 88 78 74 4.67
一軍通算成績 201 37 90 66 13792/3 1250 138 263 27 1100 525 485 3.16
個人投手成績 07年(1位)08年(7位)09年(9位)10年(7位)16位(11年)12位(12年)
獲得タイトル 月間MVP(07年7月)(07年9月)最優秀防御率(07年)
最高勝率(07年)最優秀バッテリー賞(07年)クライマックスシリーズMVP(10年)
オールスター出場(3回) 07年、08年、12年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会
2003年(春)甲子園 2001年県大会 2002年秋関東大会 2002年明治神宮大会
2002年県大会 2003年春関東大会
2003年県大会

甲子園戦績(2003年春)
第75回選抜高校野球大会
回戦
2回戦 盛岡大付 (岩手) 25
3回戦 明徳義塾 (高知) 32
準々決勝 平安 (京都) 32
準決勝 徳島商 (徳島) 2/3 34
決勝 広陵 (広島) 1/3 29 11
合計 5試合 38 152 33 23 16 16
第75回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 盛岡大付 (岩手) 8番(投)
3回戦 明徳義塾 (高知) 8番(投)
準々決勝 平安 (京都) 8番(投)
準決勝 徳島商 (徳島) 8番(投)
決勝 広陵 (広島) 途中
合計 5試合 14













16 涌井 秀章
 (わくい・ひであき)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
2004年 185・85 右右 投手 11年目 29
球歴 西武ドラフト1位(05年〜13年)−千葉ロッテ(14年〜
公式戦初登板 05年3月29日日本ハム=札幌ドーム
背番号 16(05年〜08年)−18(09年〜13年)−16(14年〜

高校時代の活躍
松戸シニアでは日本代表にも選出された。1年春からベンチ入り。秋には早々「1番」をもらい、関東大会決勝では先発も任された。2年春センバツ出場して、3試合救援登板。決勝戦では先発登板したが、広陵に打ち込まれて準優勝。夏も県大会決勝で痛打されて準優勝に終わる。エースを任された2年秋は3回戦敗退。しかし、ひと冬越して大きく成長。春関東大会優勝。夏は強豪揃いのブロックながら、3年ぶりの甲子園出場。大会ではダルビッシュ(東北)と共に甲子園を沸かせた。準々決勝で優勝した駒大苫小牧に打ち込まれ、ベスト8敗退。大会最速のストレートを見せた。
プロでの活躍
ルーキー1年目は、開幕一軍ローテーション入りも、わずか1勝に終わった。2年目は、8完投を含む12勝をマーク。月間MVPにオールスター出場。3年目の07年はポスト松坂を期待された通りの活躍で17勝を挙げ最多勝を獲得。西武のエースに成長した。北京五輪予選でも日本代表の第1戦を任された。08年のプロ4年目で初の開幕投手。しかし、抜群の制球力が甘くなり痛打を浴びることもたびたび。北京五輪では先発白星挙げるものの、シーズン勝ち星は伸びず2ケタ勝利は辛くも挙げるも負け越した。エースの存在感を示したのはポストシーズンだった。クライマックスではMVPを獲得。初の日本シリーズでも第1戦を任されて白星を挙げ、チーム日本一に貢献した。オフに先輩松坂の18を継承して、さらなる大黒柱の活躍を期待された09年。開幕前は侍ジャパンのメンバーに選ばれ、世界一に貢献。シーズンでは開幕投手白星。4月には自己最多投球数でプロ野球史上初の全員毎回奪三振を記録。7月には月間MVPを獲得。シーズンの完投数11、完封4と両リーグトップ。最多勝獲得の16勝をマークして、防御率、奪三振はリーグ2位。投球回も200を超えて、自己最多。ストレートの切れ、スタミナと一段と成長を見せ、沢村賞、ゴールデングラブ賞も受賞。リーグを代表する投手に成長した。10年シーズンは、3年連続開幕投手は白星スタート。5月の交流戦では打撃でも猛打賞と投打の活躍を見せるも、夏場以降は安定感を欠き、痛打を浴びて終盤は失速。14勝を挙げたが、チームのエースとしては不本意に終わった。オフは年俸調停申請して、大筋で主張が認められ、年俸はアップした。11年、4年連続4度目の開幕投手を務めた。日本ハムのダルビッシュを相手に勝ち星を挙げる滑り出しで6月半ばまでは防御率1点台も、肘痛に悩まされて、5月には登録を抹消。2年目でローテーション入りしてから、抹消されたのは初めて。復帰後も肘痛からフォームを崩した。交流戦勝利18勝は最多トップ。7月以降は調子が上がらず5年続いていた二ケタ勝利が途絶える9勝に終わる。12年は5年連続開幕投手でスタートしたが、開幕から3連敗。登録抹消となり、一軍復帰するとチーム事情からプロ入り初の救援のポジションを任された。5月に女性問題で二軍降格。6月に復帰してからは、シーズン終了までクローザーでリーグ2位の30セーブをマークした。13年は第3回WBC日本代表に2度目の選出。しかし、昨年に続き、女性問題を報道され、球団から厳重注意を受けた。開幕から先発に復帰したが、結果が出ず、シーズン中盤以降は12年に続き中継ぎに固定され。終盤は抑えに定着。10試合連続登板を記録し、伝説の稲尾投手の持つ球団記録を塗り替えた。10月には6日連続でセーブを記録した。今年は国内FAを取得。FA移籍で地元の千葉ロッテに移籍。
移籍1年目、初登板から2戦勝ち星なく、初勝利は古巣西武相手に挙げた。この勝利で12球団勝利の記録も達成。同一リーグのみでは初。しかし、好投が続かない。制球を乱し痛打を浴びる試合が続いた。5月は勝ち星なし。6月も7度の先発も本拠地初勝利が遠い。ついに7/13楽天戦で4回降板8敗目を喫して二軍降格。2週間後に一軍昇格。復帰登板は西武だったが、最速150kmをマークするも黒星。自己ワーストの1回4四球の自己ワーストの登板もあり、8月で10敗目を喫した。9月に入るとやっとバランスが使えた投球を見せて勝ち星を重ねた。9/9に通算1500投球回を達成。シーズン終盤になってやっと本来の切れのあるストレートが出てきた。しかし、2ケタ届かず。15年こそ、完全復活。 

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
2005年 西武 13 551/3 62 11 23 57 45 45 7.32
2006年 西武 26 12 178 161 16 53 136 79 64 3.24
2007年 西武 28 11 17 10 213 199 14 50 141 71 66 2.79
2008年 西武 25 10 11 173 173 16 51 122 80 75 3.90
2009年 西武 27 11 16 2112/3 162 12 76 199 57 54 2.30
2010年 西武 27 14 1961/3 191 21 54 154 85 80 3.67
2011年 西武 26 12 1781/3 184 41 108 71 58 2.93
2012年 西武 55 30 63 66 22 40 27 26 3.71
2013年 西武 45 921/3 89 29 79 51 40 3.90
2014年 ロッテ 26 12 1642/3 158 64 10 116 81 77 4.21
一軍通算成績 298 48 93 85 37 15252/3 1445 113 463 74 1152 648 585 3.45
個人投手成績 06年(11位)07年(8位)08年(16位)09年(2位)10年(10位)11年(12位)14年(12位)
獲得タイトル 月間MVP(06年6月、09年7月)最多勝(07年、09年)
沢村賞(09年)最優秀バッテリー賞(09年)ゴールデングラブ賞(09年、10年)
オールスター出場(4回) 06年、07年、09年、10年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
2003年(春)甲子園 2002年県大会 2002年秋関東大会 2002年明治神宮大会
2004年(夏)甲子園 2003年県大会 2003年春関東大会 2004年国体
2004年県大会 2004年春関東大会

甲子園戦績(2003年春、2004年夏)
第75回選抜高校野球大会
回戦
2回戦 盛岡大付 (岩手)
3回戦 明徳義塾 (高知) 17
準々決勝 平安 (京都) - - - -
準決勝 徳島商 (徳島) 1/3
決勝 広陵 (広島) 1/3 19
第86回全国高校野球選手権大会
1回戦 報徳学園 (兵庫) 36 10
2回戦 京都外大西 (京都) 11 41 14
3回戦 明徳義塾 (高知) 35 12
準々決勝 駒大苫小牧 (南北海道) 36 14
合計 8試合 47 192 49 45 19 16
第75回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 盛岡大付 (岩手) 途中
3回戦 明徳義塾 (高知) 途中
準々決勝 平安 (京都) - - - - -
準決勝 徳島商 (徳島) 途中
決勝 広陵 (広島) 8番(投)
第86回全国高校野球選手権大会
1回戦 報徳学園 (兵庫) 7番(投)
2回戦 京都外大西 (京都) 9番(投)
3回戦 明徳義塾 (高知) 7番(投)
準々決勝 駒大苫小牧 (南北海道) 7番(投)
合計 8試合 17













小山 良男
 (こやま・よしお)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1998年 右右 捕手 80/7/14
球歴 亜細亜大学−JR東日本−中日ドラフト8位(05年〜08年)
公式戦初出場 05年10月1日広島=ナゴヤドーム
背番号 37(05年〜08年)

高校時代の活躍
中本牧シニアでは小池、常盤とクリーンアップを組んで、全国大会優勝。入学後は1年春からベンチ入り。秋からレギュラー捕手。2年春は県大会、関東大会優勝。夏はエース松坂とのバッテリーでY校戦にサヨナラ暴投負けしてベスト4止まり。主将を任された秋からは春夏連覇の公式戦44連勝の三冠チームをまとめた。夏の甲子園では選手宣誓して優勝旗を握った強運。
大学時代の活躍
1年春の開幕からスタメンでリーグ戦出場。1年秋にはフル出場してベストナインを獲得。2年春、4年春と大学選手権日本一。2年時は決勝では自らの逆転本塁打で優勝を決めた。4年時は主将で大学選手権、明治神宮大会を制してリーグ戦を合わせた四冠を達成。2年先輩の松井(ヤクルト)や同期の木佐貫(巨人)永川(広島)と大学トップレベルとバッテリーを組んでいた。亜大の4年間不動のレギュラー捕手。
プロでの活躍
松坂との最強バッテリーは記憶に新しいところ。シニア、高校、大学と常に主将としてチームをまとめ日本一を経験。卓越したリードとキャッチング技術には定評がある。ケガがつきもののポジションながら大きな故障もないし大舞台で勝負強い打撃。下位指名ながら即戦力での入団もプロ4年間で一軍出場9試合にとどまる、08年オフシーズン戦力外通告。ブルペン捕手としてチームを支える。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
2005年 中日 10 .200
2006年 中日 .000
2007年 中日 .000
2008年 中日(ウ) 24 25 .160
一軍通算成績
(実働4年)
12 .167

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
1998年(春)甲子園 1997年県大会 1997年春関東大会 1997年明治神宮大会
1998年(夏)甲子園 1998年県大会 1997年秋関東大会 1998年国体
1998年春関東大会

リーグ戦成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1年春 26 .269
1年秋 11 39 12 .308
2年春 13 53 16 .302
2年秋 12 41 .122
3年春 12 44 13 .296
3年秋 12 47 .171
4年春 15 54 18 .333
4年秋 12 38 10 .263
大学通算成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
96 336 88 30 .262
ベストナイン捕手(1年秋)(4年春)

甲子園戦績(1998年春・夏)
第70回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 報徳学園 (兵庫) 5番(捕)
3回戦 東福岡 (福岡) 5番(捕)
準々決勝 郡山 (奈良) 5番(捕)
準決勝 PL学園 (大阪) 5番(捕)
決勝 関大一 (大阪) 5番(捕)
第80回全国高校野球選手権大会
1回戦 柳ヶ浦 (大分) 6番(捕)
2回戦 鹿児島実 (鹿児島) 5番(捕)
3回戦 星稜 (石川) 7番(捕)
準々決勝 PL学園 (大阪) 5番(捕)
準決勝 明徳義塾 (高知) 5番(捕)
決勝 京都成章 (京都) 5番(捕)
合計 11試合 42 14







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