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がんばれ!横浜高校野球部


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中野 栄一
(なかの・えいいち)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1992年 右右 捕手 74/10/16
球歴 亜細亜大−中日ドラフト4位(97年〜04年)
公式戦初出場 97年7月2日横浜=ナゴヤドーム
背番号 27(97年〜03年)−54(04年)

高校時代の活躍
1年秋からベンチ入り。2年から一塁手でレギュラー。秋からは4番捕手。3年春のセンバツ出場。春以降は主将を任され春季関東大会優勝。夏の県大会では打率4割を超え、準々決勝から3試合連続本塁打。全試合打点を放ったが、準優勝に終わる。186cmの大型捕手として、神奈川屈指の強打者でした。
大学時代の活躍
2年生からレギュラーでリーグ戦出場。4番捕手で、主将も務めた。大学でも部坂(阪神)とバッテリーを組んで4年秋には12季ぶりのリーグ優勝を飾り、ベストナインにも選ばれた。
プロでの活躍
高校、大学時代は強打の捕手でしたが、プロ入り後は度重なる故障で伸び悩んだ。03年は正捕手・谷繁離脱の間、プロ入り初のお立ち台にあがるなど貴重な戦力として活躍。04年のシーズンオフに戦力外通告。現役引退後の2005年から裏方のブルペン捕手としてチームを支える。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1997年 中日 12 23 11 .130
1998年 中日 16 29 .207
1999年 中日(ウ) 15 33 - - - 11 .182
2000年 中日(ウ) 41 71 19 - - 16 - 13 .268
2001年 中日(ウ) 49 104 28 - - 14 - 11 .269
2002年 中日 11 .222
2003年 中日 25 48 13 22 .271
2004年 中日 .000
一軍通算成績
(実働8年)
65 110 24 44 .220

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1992年(春)甲子園 1991年県大会 1991年秋関東大会 1992年春関東大会
1992年県大会

リーグ戦成績 試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
1年春
1年秋
2年春 20 .200
2年秋
3年春(二部) 12 41 18 .439
3年秋 12 44 14 .318
4年春 14 50 13 13 .260
4年秋 
大学通算成績
(〜4年春)
試合 打数 安打 本塁打 打点 打率
48 156 37 12 .237
ベストナイン捕手(4年秋)

甲子園戦績(1992年春)
第64回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 新野 (徳島) 4番(一)
1試合














白坂 勝史
(しらさか・かつし)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1993年 左左 投手 75/7/12
球歴 関東学院大−中日ドラフト7位(98年〜00年)
背番号 64(98年〜00年)

高校時代の活躍
軟式出身ながら、努力でエースの座をつかんだ。2年からベンチ入り。3年生部坂、奈良の3番手。秋からはエース。県大会優勝、関東大会準優勝。3年春のセンバツ出場。優勝候補も初戦で上宮に延長の末サヨナラ負け。夏の県大会は4完投の力投実らず、横浜商大に屈して準優勝に終わる。
大学時代の活躍
大学では、1年からリーグ戦出場して通算15勝をマーク。4年春の大学選手権ではベスト4。秋の明治神宮大会では大会タイ記録の16奪三振を奪うなど、リーグ屈指の本格派左腕として活躍。
プロでの活躍
ドラフト7位ながら入団発表の会見で1年目から最多勝を獲ると会見するなど力強かった。しかし、しかし、ひじの故障もあり、台湾留学を経て3年で退団。その後、米国独立リーグのサン・アンジェロとカナネア・ミネロスなどに所属してプレーした。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1998年 中日(ウ) - 0.00
1999年 中日 - - - - - - - - - - - - - -
2000年 中日 - - - - - - - - - - - - - -
一軍通算成績
(実働3年)
出場なし

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1993年(春)甲子園 1992年県大会 1991年秋関東大会 1993年春関東大会
1993年県大会 1992年秋関東大会

甲子園戦績(1992年春、1993年春)
第65回選抜高校野球大会
回戦
2回戦 上宮 (大阪) 1/3 46 11
合計 1試合 1/3 46 11
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 上宮 (大阪) 9番(投)
合計 1試合













高橋 光信
(たかはし・みつのぶ)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1993年 右右 一塁手 75/7/7
球歴 国際武道大−中日ドラフト6位(98年〜06年)−阪神(07年〜10年)
公式戦初出場 00年8月25日ヤクルト=神宮球場
背番号 66(98年〜03年)−0(04年〜06年)−50(07年〜10年)

高校時代の活躍
入学後の肩痛でのリハビリを経て、2年秋からレギュラー。3年の春センバツではエース白坂とバッテリーを組んで4番捕手。夏は肩の故障から一塁へコンバート。主将・平馬と共に主軸を打ち、夏季県大会では5割近い打率に1試合5打点を含む3本塁打を放ったが、決勝敗退で甲子園届かず。
大学時代の活躍
千葉県大学リーグ新記録の16本塁打を記録。日米大学野球では高橋由(巨人)を押しのけ4番に座るなど打力は大学球界屈指のスラッガーでした。
プロでの活躍
プロ1年間から打撃には定評あったが、一軍定着できなかった。7年目の04年から一軍定着。選球眼の良さと長打力で落合監督に抜擢され、幾度の逆転本塁打、決勝押し出し四球など代打の切り札として活躍。06年オフに戦力外通告。トライアウトを経て阪神に移籍。移籍2年目の08年は、開幕は出遅れるも交流戦期間中に一軍昇格。右の代打、夏場には負傷の新井に代わり、一塁スタメン出場して、決勝本塁打を放つなど、打撃3部門ではプロ入り最高の成績を残す。オリジナルグッズを発売されるなど、阪神ファンにも認めれる存在になった。右の代打を確立したが、10年シーズンはチームが好調な中、7試合出場に終わり、シーズン後に若手への切り替えの進むチーム構想からも外れ、現役引退。2011年は阪神二軍打撃コーチ。12年からは一軍打撃コーチ。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1998年 中日(ウ) 67 160 43 - - 36 - 27 21 .269
1999年 中日(ウ) 72 201 56 - - 35 - 13 21 .279
2000年 中日 22 38 .237
2001年 中日 .000
2002年 中日 26 70 16 10 .229
2003年 中日 15 14 .214
2004年 中日 35 27 .296
2005年 中日 72 69 17 14 14 .246
2006年 中日 67 86 21 12 15 .244
2007年 阪神 37 44 11 .250
2008年 阪神 68 108 34 15 16 .315
2009年 阪神 46 41 10 10 .244
2010年 阪神 .000
一軍通算成績
(実働13年)
398 510 129 23 21 76 29 83 .253

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1993年(春)甲子園 1993年県大会 1992年秋関東大会 1993年春関東大会

甲子園戦績(1993年春)
第65回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 上宮 (大阪) 4番(捕)
合計 1試合












18 松坂 大輔
 (まつざか・だいすけ) 
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
1998年 182・92 右右 投手 17年目 35
球歴 西武ドラフト1位(99年〜06年)−レッドソックス(07年〜12年)−インディアンス(12年〜13年途)−メッツ(13年途〜14年)−ソフトバンク(15年〜
公式戦初登板 99年4月7日日本ハム=東京ドーム
背番号 18(99年〜12年)−20(13年途中)−16(13年途中〜14年)−18(15年〜

高校時代の活躍
1年秋からベンチ入り。2年春からエース。春季関東大会優勝も夏は県大会準決勝でサヨナラ暴投で敗退。秋は県大会優勝、関東大会優勝、神宮大会優勝。3年春のセンバツでは28年ぶりの優勝。夏の選手権大会もPL学園との延長17回の死闘を制し、明徳義塾との奇跡の逆転勝ち。決勝戦ではノーヒットノーランで春夏連覇を飾った。秋の国体も制して史上初の三冠を達成した。新チーム結成から公式戦44連勝を飾るなど、野球部史上最高のチームの立役者。当時、甲子園最速の151kmをマークして、春夏甲子園11連勝。奪三振97と高校野球史に残る大活躍。打でも4番打者。甲子園大会2回戦鹿児島実では杉内(ソフトバンク)から左翼本塁打を放つ。
プロでの活躍
プロ1年目から3年連続最多勝獲得。最多奪三振、防御率、ベストナイン、沢村賞などタイトルを数々獲得。04年には日本シリーズで初白星も飾った。日米野球でも歴史的な完投勝利。アテネ五輪では宿敵キューバに勝利する快挙。06年にはWBCで日本のエースとして世界一に大きく貢献しMVP獲得。西武在籍8年で通算108勝をマークして、06年オフにポスティングシステムでメジャー移籍。注目の1年目は初登板初勝利にポストシーズン日本人初勝利やワールドシリーズ登板して、シーズン15勝をマークしたが、安定感に欠けた。メジャー2年目の08年は日本開催で開幕投手。シーズン序盤から8連勝を飾るなど、負けない投球を展開。野茂投手のメジャー日本人投手最多の16勝を超える、シーズン18勝をマーク。被打率はリーグ1位を記録した。09年は開幕前の第2回WBCで3試合登板して3勝0敗。世界一に貢献。連続MVPを獲得。しかし、シーズン開幕すると4月に早くも腕の疲労による故障者リスト入り。夏場は、再調整のため、マイナー落ち。終盤の9月に本来の投球を見せた試合もあったが、結局12試合登板に終わった。ポストシーズンでも登板機会がなかった。10年シーズンは今季も首と背中の張りで開幕からDL入り。右腕の張りで6月から再び離脱し、シーズン9勝6敗に終わり、初のポストシーズンなくシーズンを終えた。11年もケガに泣かされた。開幕直後に日米通算2000投球回を到達した。ドラフト制後4人目。4月末に右ヒジの張りから離脱。5月には故障者リスト入り。6月には右ヒジ靱帯(じんたい)の手術を受け、復帰まで最低1年を要する。メジャー5年目となった11年は3勝3敗、防御率5.30に終わった。6年契約の最終年を迎える12年は、レッドソックスとの6年契約の最終年だった昨季途中で復帰したが、1勝7敗、防御率8・28に終わった。オフからフリーエージェント(FA)となっていたが、2月にインディアンスとマイナー契約を結んだ。1年契約。招待選手としてキャンプに参加したが、開幕はマイナー。メジャー昇格の近づいた4月下旬に左脇痛で離脱。6月の復帰登板では右手マメの影響で途中降板。7月以降は昇格する機会がく、退団を申し入れた。メジャーのマウンド機会を求めて、8月にニューヨーク・メッツとメジャー契約を結ぶ。野茂英雄やグッデンなどがつけていた背番号「16」。先発機会を与えられて、初登板から3連敗したが、4試合目以降は好投を続け、初勝利から3連勝を記録してシーズンを終える。14年はメッツ2年目。マイナー契約のため、招待選手として参加したスプリングキャンプから結果を出して、4/16にメッツとメジャー契約を結んだ。開幕から救援として起用され、4/20のブレーブス戦では延長11回から登板し3回を投げ、日米通算2000奪三振を達成。5月にダイヤモンドバックス戦でシーズン初先発し2勝目を挙げる。6月から先発ローテーションに入り、7月には自己最多タイの10奪三振の投球を見せる。シーズン中盤の7/25に右肘の炎症で故障者リスト入り。8/28に復帰し、肘の消炎剤注射を受けながら救援登板して、9月は4試合の登板で無失点と好投を続ける。先発としては9試合の登板で2勝3敗、防御率4.24。救援では25試合の登板で1勝0敗1セーブ、防御率3.34。
 先発起用してくれる球団として、9年ぶりの日本復帰。福岡ソフトバンクに入団。ここ数年、本来の投球が見られない。もう一度、松坂らしい豪快な投球をみんなが待っている。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1999年 西武 25 16 180 124 14 87 151 55 52 2.60
2000 西武 27 14 1672/3 132 12 95 144 85 74 3.97
2001 西武 33 12 15 15 2401/3 184 27 117 214 104 96 3.60
2002 西武 14 731/3 60 13 15 78 30 30 3.68
2003 西武 29 16 194 165 13 63 215 71 61 2.83
2004 西武 23 10 10 146 127 42 127 50 47 2.90
2005 西武 28 15 14 13 215 172 13 49 10 226 63 55 2.30
2006 西武 25 13 17 1861/3 138 13 34 200 50 44 2.13
日本通算成績 204 72 108 60 14022/3 1102 112 502 55 1355 508 457 2.94
2007年 レッドソックス 32 15 12 2042/3 191 25 80 13 201 100 100 4.40
2008年 レッドソックス 29 18 1672/3 128 12 94 154 58 54 2.90
2009年 レッドソックス 12 591/3 81 10 30 54 38 38 5.76
2010年 レッドソックス 25 1532/3 137 13 74 133 84 80 4.69
2011年 レッドソックス 371/3 32 23 26 24 22 5.30
2012年 レッドソックス 11 45 2/3 58 11 20 41 43 42 8.28
2013年 メッツ 382/3 32 16 33 21 19 4.42
2014年 メッツ 34 831/3 62 50 78 38 36 3.89
メジャー通算成績 158 56 43 7901/3 721 85 387 45 720 406 391 4.45
個人投手成績 99年(3位)00年(4位)01年(3位)03年(1位)04年(1位)
05年(3位)06年(2位)07年(11位)08年(3位)
獲得タイトル 最多勝(99年〜01年)最多奪三振(00年、01年、03年、05年)
沢村賞(01年)新人王(99年)ベストナイン(99年〜01年)
最優秀防御率(03年〜04年)
ゴールデングラブ賞(99年〜01年、03年〜06年)

月間MVP(99年7月)(02年4月)(03年5月)
オールスター出場(7回) 99年〜01年、04年〜06年 ※02年、03年は負傷で辞退

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
1998年(春)甲子園 1997年県大会 1997年春関東大会 1997年明治神宮大会
1998年(夏)甲子園 1998年県大会 1997年秋関東大会 1998年国体
1998年春関東大会

甲子園戦績(1998年春・夏)
第70回選抜高校野球大会
回戦
2回戦 報徳学園 (兵庫) 33
3回戦 東福岡 (福岡) 33 13
準々決勝 郡山 (奈良) 33
準決勝 PL学園 (大阪) 35
決勝 関大一 (大阪) 32
第80回全国高校野球選手権大会
1回戦 柳ヶ浦 (大分) 36
2回戦 鹿児島実 (鹿児島) 31
3回戦 星稜 (石川) 33 13
準々決勝 PL学園 (大阪) 17 70 13 11
準決勝 明徳義塾 (高知)
決勝 京都成章 (京都) 30 11
合計 11試合 99 369 47 97 31 12 11
第70回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 報徳学園 (兵庫) 4番(投)
3回戦 東福岡 (福岡) 6番(投)
準々決勝 郡山 (奈良) 6番(投)
準決勝 PL学園 (大阪) 4番(投)
決勝 関大一 (大阪) 4番(投)
第80回全国高校野球選手権大会
1回戦 柳ヶ浦 (大分) 5番(投)
2回戦 鹿児島実 (鹿児島) 4番(投)
3回戦 星稜 (石川) 5番(投)
準々決勝 PL学園 (大阪) 4番(投)
準決勝 明徳義塾 (高知) 4番(左)
決勝 京都成章 (京都) 4番(投)
合計 11試合 48 16














矢野 英司
(やの・えいじ)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1994年 右右 投手 76/6/15
球歴 法政大学−横浜ドラフト2位(99年)−大阪近鉄(04年)−東北楽天(05年〜06年)
公式戦初登板 99年4月3日ヤクルト=横浜スタジアム
背番号 17(99年〜03年)−40(04年)−29(05年〜06年)

高校時代の活躍
軟式出身ながら1年秋からベンチ入り。2年春はエース白坂の二番手でセンバツ出場。秋からはエースで県大会優勝、関東大会準優勝。3年春夏連続甲子園出場。同期に紀田、斉藤、多村と潜在能力の高い選手が揃い前評判高かったが、春は2回戦、夏は初戦敗退と不完全燃焼に終わる。切れのあるストレートが武器の右の本格派投手でした。
大学時代の活躍
1年春いきなり初登板して、リーグ戦3勝を挙げると、続く大学野球選手権では4連投で大学日本一の原動力になった。日米大学野球にも1年から2年連続出場。下級生時代から火消し役としてMAX151kmのストレートを武器に活躍。3年秋の明治神宮大会では大会新となる18奪三振を記録した。4年秋は胴上げ投手とベストナインに選ばれるなど4度の優勝。大学通算22勝をマーク。当時は同期の上原(オリオールズ)と共に大学球界を代表する投手でした。
プロでの活躍
即戦力として期待され地元球団に入団。1年目に2勝をマークした後、故障で低迷が続き、00年8月右ヒジ手術後は3年間一軍登板もなかった。04年に近鉄へ移籍。3年ぶりの白星に16試合登板。復活への足がかりはつけた。新生楽天移籍1年目は開幕ローテの一角を担ったが、2年間勝ち星なし。06年オフに戦力外通告。プロ生活8年で退団。故障に泣かされ大成できず。日本退団後、07年アメリカ独立リーグ、08年カナディアン・アメリカンリーグでプレーした。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1999年 横浜 30 641/3 74 10 26 53 46 44 6.16
2000年 横浜 181/3 15 0.96
2001年 横浜 - - - - - - - - - - - - - -
2002年 横浜(イ) - 2/3 3.18
2003年 横浜(イ) 16 - 23 28 11 18 16 16 6.26
2004年 近鉄 16 131/3 22 11 21 18 12.15
2005年 楽天 14 10 9.00
2006年 楽天 - - - - - - - - - - - - - -
一軍通算成績
(実働8年)
58 1051/3 125 14 45 77 79 73 6.24

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1993年(春)甲子園 1993年県大会 1992年秋関東大会 1993年春関東大会
1994年(春)甲子園 1994年県大会 1993年秋関東大会 1994年春関東大会
1994年(夏)甲子園

リーグ戦成績 試合 自責 防御率
1年春 172/3 2.04
1年秋 271/3 1.32
2年春 211/3 2.11
2年秋 15 1.20
3年春 162/3 3.24
3年秋 21 1.29
4年春 61 1.18
4年秋 622/3 10 1.44
大学通算成績 試合 自責 防御率
57 22 2422/3 42 1.55
防御率1位(1年秋)ベストナイン投手(4年秋)

甲子園戦績(1993年春、1994年春・夏)
第66回選抜高校野球大会
回戦
1回戦 大府 (愛知) 27
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 18
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄) 33
合計 3試合 17 78 19 17
第66回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大府 (愛知) 7番(投)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 7番(投)
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄) 8番(投)
合計 3試合 10













小池 正晃
 (こいけ・まさあき)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1998年 右右 外野手 80/5/15
球歴 横浜ドラフト6位(99年〜08年途)−中日(08年途〜11年)−横浜DeNA(12年〜13年)
公式戦初出場 01年4月20日巨人=横浜スタジアム
背番号 56(99年〜04年)−44(05年〜08年途)−30(08年)ー44(09年〜11年)−8(12年〜13年)

高校時代の活躍
1年秋から4番を打つなど下級生時から主軸として活躍。高校通算26本塁打とパンチ力を兼ね備えた三拍子揃った大型外野手。特に積極的なスキあれば走る走塁は目を引いた。2年時は松坂とクリーンアップを打った。外野の他に遊撃手も守っていました。1998年の春夏連覇メンバーの主軸で、春は3番右翼。夏は1番を任されたが、甲子園では本来の打撃が見られなかったが、試合を決める三塁への盗塁に夏3回戦では、先頭打者本塁打を放った。
プロでの活躍
地元球団ベイスターズに入団。3年目に一軍デビュー。4年目はシーズン通して一軍定着して、プロ入り初ホーマーも放った。その後伸び悩んでいた時期もありましたが、05年に129試合出場してプロ入り初の規定打席も到達した。チーム最多の37犠打を記録するなど2番打者に定着。プロ10年目の08年は、開幕から二軍暮らし。6月に石井(中日)とのトレードで中日へ移籍。定着していなかった2番中堅手に座り、早速のお立ち台に上がる活躍も見せる。後半は守備固めが続き、守りと犠打のうまさは発揮したが、59試合出場4本塁打にとどまる。移籍2年目の09年は出場機会を増やすために春季キャンプでは複数ポジションに挑戦。開幕すると代打に終盤の守備固めで、101試合出場。左投手ではスタメン起用もあり、貴重な戦力として活躍。シーズン通して一軍出場。7本塁打とパンチ力と犠打のうまさはレギュラークラス。10年のシーズンは、打撃の調子が上がらず昨年より出場機会が減ったが、チーム優勝に陰ながら貢献。11年は開幕二軍で迎えたが、5月末に一軍昇格。6月のオリックス戦(ナゴヤドーム)でサヨナラホームラン、7月の阪神戦では逆転満塁ホームランを打つなど勝負強さを発揮した。 代打や代走、守備固めに起用されるなど、走攻守にわたって安定した万能選手として貴重な活躍で、リーグ優勝に貢献。日本シリーズ第1戦では、延長で決勝ソロホームランを放った。オフに出場機会を求めて国内FA権を行使した。古巣である横浜DeNAベイスターズと契約し、4年ぶりに古巣に復帰した12年は、FA移籍でレギュラーで中軸を期待され、開幕戦は一塁手でスタメン。しかし、打撃の調子が出ず、途中からはスタメンを外れて、シーズン88試合出場に終わる。一発長打と小技のできる万能ぶりを期待されたが、不本意な成績に終わった。移籍2年目は、開幕から二軍。新外国人の活躍もあり、出場機会が激減し、ほぼ二軍でのシーズンになった。そして10月1日に現役引退を発表。今季14試合目の出場となったチーム最終戦の10月8日の対阪神戦(横浜)が引退試合になった。「7番・一塁手」でスタメンに起用された小池は、4回裏の打席で、この年の1軍初本塁打となる左中間への2ランなど、4打数で3安打3打点を記録。現役最終打席となった8回裏の打席には、この試合2本目の本塁打となる決勝のソロ本塁打を左翼スタンドへ放った。試合後に開かれた引退セレモニーでは、ファンへの挨拶の後に、ナインから胴上げされた。2014年からは一軍打撃コーチ。15年から外野守備走塁コーチ。

年度 チーム 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1999年 横浜(イ) 72 175 47 - - 21 - 18 45 .269
2000年 横浜(イ) 97 271 61 - - 27 - 35 57 .225
2001年 横浜 19 24 .292
2002年 横浜 60 109 28 11 31 .257
2003年 横浜 10 .300
2004年 横浜 14 .357
2005年 横浜 129 404 98 16 20 53 42 95 .243
2006年 横浜 112 352 94 23 33 15 79 .267
2007年 横浜 83 112 26 16 .232
2008年 中日 59 141 32 15 10 34 .227
2009年 中日 101 174 40 18 13 42 .230
2010年 中日 54 84 17 20 .202
2011年 中日 73 127 34 21 12 32 .268
2012年 横浜DeNA 88 130 25 19 10 31 .192
2013年 横浜DeNA 14 27 .222
一軍通算成績
(実働15年)
810 1708 415 82 55 189 11 123 33 397 .243
個人打撃成績 05年(33位)

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 神宮大会・国体
1998年(春)甲子園 1997年県大会 1996年春関東大会 1997年明治神宮大会
1998年(夏)甲子園 1998年県大会 1997年春関東大会 1998年国体
1997年秋関東大会
1998年春関東大会

甲子園戦績(1998年春・夏)
第70回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 報徳学園 (兵庫) 3番(右)
3回戦 東福岡 (福岡) 3番(右)
準々決勝 郡山 (奈良) 3番(右)
準決勝 PL学園 (大阪) 3番(左)
決勝 関大一 (大阪) 7番(右)
第80回全国高校野球選手権大会
1回戦 柳ヶ浦 (大分) 1番(右)
2回戦 鹿児島実 (鹿児島) 1番(右)
3回戦 星稜 (石川) 1番(右)
準々決勝 PL学園 (大阪) 1番(右)
準決勝 明徳義塾 (高知) 6番(右)
決勝 京都成章 (京都) 6番(右)
合計 11試合 41














丹波 幹雄
(たんば・みきお)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1992年 右右 投手 74/9/30
球歴 ウイーンベースボールクラブ−ヤクルトドラフト8位(99年〜02年)
背番号 62(99年〜02年)

高校時代の活躍
右ひじ痛のため2年生で退部。公式戦出場は90年秋の県大会のみだった。
プロでの活躍
急死した弟・慎也(1996年メンバー)の意志を継いで野球を再開してクラブチームを経てプロ入り。慎也投手のグラブで一軍のマウンド姿を見たかったが、在籍4年で退団。

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体
1991年県大会

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1999年 ヤクルト(イ) 38 - 552/3 60 25 24 24 16 2.59
2000年 ヤクルト(イ) 33 - 552/3 64 26 34 44 36 5.82
2001年 ヤクルト(イ) 33 - 621/3 73 21 46 35 29 4.19
2002年 ヤクルト(イ) 37 - 522/3 52 25 23 21 3.59
一軍通算成績
(実働3年)
出場なし



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