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がんばれ!横浜高校野球部




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鈴木 尚典
(すずき・たかのり)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1990年 右左 外野手 72/4/10
球歴 横浜大洋ドラフト4位(91年〜08年)
公式戦初出場 91年10月14日中日=ナゴヤ球場
背番号 51(91年〜97年)−7(98年〜06年)−51(07年〜08年)

高校時代の活躍
浜松シニア時代は捕手。入学直後から4番に座り、1年夏の県大会では本塁打を放つ。2年夏の甲子園出場。当時は西の元木(上宮)東の鈴木尚と注目されたが、初戦敗退で本塁打は打てなかった。3年夏は県大会5回戦敗退で2年連続甲子園出場ならず。高校通算39ホーマーを放ち、全国屈指のスラッガーとして鳴らした。
プロでの活躍
地元選手として期待されて入団。プロ1年目に初出場、3年目に初安打。5年目の95年からレギュラーとして活躍。97年、98年には2年連続首位打者を獲得。同年日本シリーズではMVPを受賞し、ベイスターズの38年ぶり日本一に大きく貢献。その後は球界を代表する選手に成長した。しかし、打率3割を5シーズン記録する天才バットマンもケガに泣かされた。06年は規定打席不足ながらも打率3割を超えて、復活の足がかりを作ったが、07年は入団時の背番号51に戻し、開幕スタメン出場もシーズン95試合出場、打率.232に終わる。08年は開幕一軍スタート。しかし、代打で結果が出ず5月に降格。二軍では4割と打撃好調で8月に左の代打要員として再昇格。2本塁打を放ったが、得点圏打率が1割台とシーズン終了まで本来の打撃にはほど遠かった。プロ生活18年で現役引退。ベイスターズの二軍コーチに09年から2年間務めた。現在はベイスターズの球団職員。

年度 チーム 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1991年 大洋 .000
1992年 大洋(イ) 40 - - - - - - - - - .155
1993 横浜 12 22 .273
1994 横浜 48 77 20 18 .260
1995 横浜 117 336 95 20 14 58 28 65 .283
1996 横浜 111 355 106 15 13 62 47 79 .299
1997 横浜 125 478 160 30 21 83 11 48 82 .335
1998 横浜 131 514 173 30 16 87 61 96 .337
1999 横浜 134 542 178 31 17 92 57 109 .328
2000 横浜 134 552 164 32 20 89 43 85 .297
2001 横浜 122 454 143 22 57 15 51 72 .315
2002 横浜 99 380 107 19 42 17 63 .282
2003 横浜 133 492 153 30 19 57 24 83 .311
2004 横浜 80 150 40 21 25 .267
2005 横浜 65 79 17 23 .215
2006 横浜 61 82 27 13 16 .329
2007年 横浜 95 237 55 12 17 21 48 .232
2008年 横浜 49 45 12 10 .267
一軍通算成績
(実働18年)
1517 4798 1456 260 28 146 700 62 43 419 55 877 .303
個人打撃成績 96年(18位)97年(1位)98年(1位)99年(3位)00年(11位)
01年(4位)03年(9位)
獲得タイトル 首位打者(97年、98年)ベストナイン(97年、98年)
最多勝利打点(97年、00年)月間MVP(97年7月)

日本シリーズMVP(98年)
オールスター出場(4回) 97年、98年、99年、01年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1989年(夏)甲子園 1988年県大会 1989年春関東大会
1989年県大会 1990年春関東大会
1990年県大会

甲子園戦績(1989年夏)
第71回全国高校野球選手権大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 星稜 (石川) 4番(左)
合計 1試合















高橋 建
(たかはし・けん)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1987年 左左 投手 69/4/16
球歴 拓殖大学−トヨタ自動車−広島ドラフト4位(95年〜08年)−ブルージェイズ(09年)−メッツ(09年)−広島(10年)
公式戦初登板 95年4月8日横浜=広島球場
背番号 22(95年〜08年)−36(09年)−22(10年)

高校時代の活躍
高校時代はエース高井(阪神)の控えで外野手兼投手として活躍。3年時は高井、酒井、石井など潜在能力が高い選手が揃っていたが、甲子園出場ならず。3年夏の2回戦で向上に敗退した試合では9番中堅手を守っていた。
大学時代の活躍
拓大では二部ながら野手として通算17本塁打を放っている。4年生から投手に専念。
プロでの活躍
社会人では3年連続都市対抗出場。即戦力左腕として入団。1年目から先発、中継ぎに左のエースとして活躍。ストレートの球威、変化球のキレを見たら、二ケタ勝利が2001年のシーズンのみが不思議。05年は故障離脱もありプロ入り初の0勝に終わったが、06年は左の中継ぎで復活。そして07年は先発で22試合登板して5勝をマーク。08年は4月に巨人戦で最年長完封勝利を飾り、さらに5月には7年ぶりの本塁打を放ち、一時期は勝ち星トップに立った。オールスターにはファン投票で初の選出。最年長記録も作り8勝を挙げた。シーズン後にFA権を行使して、メジャー挑戦。ブルージェイズとマイナー契約。しかし、キャンプ中の右ふくらはぎ痛で開幕前に解雇。即メッツへ移籍。不惑の40歳でのメジャー最年長登板して中継ぎで28試合。FAでメジャー移籍宣言から、ブルージェイズを経て春季キャンプ中にメッツと契約。5月にフィリーズ戦で初登板。日本人のメジャーデビュー最年長記録(40歳)を更新。白星を挙げることはできなかったが、28試合登板。シーズン後にメッツに解雇され、古巣の広島への復帰。2年ぶりの日本では開幕から中継ぎで無失点投球を続いたが、5月以降は痛打を浴び、6月には二軍降格。、シーズン終盤に現役引退を決意した。高校時代は二番手投手だったが、日米16年のプロ生活で458試合通算70勝を挙げた。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1995年 広島 39   90 85 12 45 54 44 39 3.90
1996年 広島 24   522/3 57 20 40 33 29 4.96
1997年 広島 34   62 69 34 35 37 33 4.79
1998年 広島 41   101 92 10 46 76 45 43 3.83
1999年 広島 36   102 102 21 40 90 64 53 4.68
2000年 広島 50   1121/3 89 13 57 88 56 49 3.93
2001年 広島 30 10   173 165 23 60 132 89 82 4.27
2002年 広島 26 14   1731/3 197 22 38 142 92 74 3.84
2003年 広島 24   167 174 26 36 127 76 68 3.66
2004年 広島 18 10   96 122 24 24 66 66 59 5.53
2005年 広島 14   262/3 43 14 28 28 9.45
2006年 広島 54   46 46 16 40 27 24 4.70
2007年 広島 22 112 116 18 36 74 54 46 3.70
2008年 広島 21 1152/3 124 11 42 71 50 45 3.50
2009年 メッツ 28 271/3 23 14 23 2.96
2010年 広島 26 30 37 19 17 32 31 9.30
日本通算成績
(実働15年)
459 22 70 92 14592/3 1518 216 522 41 1066 793 703 4.33
MLB通算(1年) 28 271/3 23 14 23 2.96
個人投手成績 01年(17位)02年(15位)03年(7位)
オールスター出場(4回) 00年、02年、03年、08年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会 国体・神宮大会
1986年県大会
1987年県大会














紀田 彰一
(きだ・しょういち)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1994年 右右 三塁手 76/5/19
球歴 横浜ドラフト1位(95年)−西武(00年)
公式戦初出場 96年5月14日巨人=横浜
背番号 28(95年〜99年)−64(00年)

高校時代の活躍
港東シニアでは投手兼三塁手。シニア世界大会では2年生ながら4番に座り世界一を経験。シニア通算36本塁打の記録を持つ。全国多数の名門校から勧誘を受けて横高入学。1年春から4番に座り、2年春センバツ出場。その後、故障もあり不振で苦しんだ時期もあったが、2年秋には県大会3試合連続本塁打。3年春センバツ出場。甲子園のマウンドも経験した。3年夏は、県大会新記録となる4ホーマー放つ。しかし、3度出場した甲子園で本塁打を打てなかった。3年夏の甲子園、那覇商戦での4打席連続敬遠は松井秀喜と二人のみ。高校通算41本塁打と全国屈指のスラッガーとして鳴らした。
プロでの活躍
ドラフト会議では中日と競合し、地元ベイスターズが引き当て入団。2年目に開幕一軍スタートも守備の不安もあり、定着できなかった。自慢のバッテングもフォームを崩して在籍5年で自由契約。テスト入団した西武でも高校時代の豪快なバッティングが戻らずプロ在籍6年で退団。2001年からアメリカ留学2005年にニューヨーク・ヤンキースの極東スカウトになった。ヤンキース史上、日本人スカウト契約をしたのは初。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1995年 横浜(イ) 74 217 44 - - 15 - 18 46 .203
1996年 横浜 10 .100
1997年 横浜(イ) 18 - - - - - - - - - .154
1998年 横浜(イ) 62 104 10 - - - 36 .096
1999年 横浜(イ) 28 29 - - - 11 .069
2000年 西武(イ) 38 43 - - - 18 .186
一軍通算成績
(実働6年)
10 .100

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1993年(春)甲子園 1992年県大会 1992年秋関東大会 1993年春関東大会
1994年(春)甲子園 1993年県大会 1993年秋関東大会 1994年春関東大会
1994年(夏)甲子園 1994年県大会

甲子園戦績(1993年春、1994年春・夏)
第65回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 上宮 (大阪) 6番(三)
第66回選抜高校野球大会
1回戦 大府 (愛知) 4番(三)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 4番(三)
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄) 4番(三)
合計 4試合 14














8 多村 仁志
 (たむら・ひとし)
卒業時 身長・体重 投打 ポジション 年数 年齢
1994年 180・82 右右 外野手 21年目 38
球歴 横浜ドラフト4位(95年〜06年)−ソフトバンク(07年〜12年)−横浜DeNA(13年〜
公式戦初出場 97年4月4日中日=ナゴヤドーム
背番号 52(95年〜99年)−55(00年〜03年)−6(04年〜12年)−52(13年)−8(14年〜

高校時代の活躍
厚木シニア時代は投手兼遊撃手。50m6秒1、遠投110mと三拍子揃った強打の外野手。2年夏からは斉藤、紀田と共にクリーンアップを組んだ。二人に比べて常に第3の男と言われていたのは、故障がちでバットにも波が多かったせいかもしれません。しかし、潜在能力の高さは当時から評価が高かった。3年夏の県大会では、2試合連続本塁打放ったが、甲子園大会では、2度出場も不完全燃焼に終わった。高校通算14本留打。
プロでの活躍
同期の紀田選手と共に入団。3年目に一軍初出場も右肩の故障で2年間リハビリを経て、00年から一軍定着。肩やヒザなど相次ぐ故障の連続で、不本意なシーズンが続いていたが、03年に規定打席不足ながら18本塁打をマーク。プロ10年目の04年は素質開眼。4試合連続本塁打を3度マークして、チーム日本人最多本塁打(36本)を超える、球団初の日本人40本塁打。歴代横高OBプロ選手の中でも初の40本塁打を記録。05年は、腰痛に交通事故離脱も3割30本をマークした。06年はWBC日本代表に選ばれチーム本塁打王で世界一に貢献。しかし、シーズンではまたもや故障に泣かされ39試合出場にとどまる。オフには寺原とのトレードでソフトバンクへ移籍。新天地1年目は132試合出場も平凡な成績に終わる。08年は3番センターで開幕したが、4月下旬に守備中に味方外野手と交錯し、右足腓骨を骨折。39試合出場にとどまる。09年は、オープン戦中に右肩を痛め、開幕二軍スタート。5月に一軍復帰。登録名を仁志に改名。好調な打撃も夏場以降は疲労から故障による欠場も目立ち始め、クライマックスシリーズでは1試合のみ出場。93試合出場に終わる。
今年は140試合出場。ケガもあったが、レギュラー獲得以来、初めてシーズン通して出場。交流戦では過去最高打率の.415で首位打者を獲得。シーズン打撃3部門はチームNo1の成績。チームのリーグ優勝の立役者になった。外野手部門では最高得票で初のベストナインを獲得。オフにはメジャー移籍を視野に入れたFA宣言。結局残留。11年はチームは2連覇。終盤はCSからベテランの力を発揮。リーグ優勝をはじめて経験。プロ17年目で初めて大舞台の日本シリーズ出場。第3戦では本塁打を放った。大舞台でチームの日本一に貢献した。10月にはプロ通算1000安打を記録した。シーズン成績は交流戦で小指を裂傷。故障離脱。100試合出場に終わり移籍後、最低打率と不本意に終わった。12年は、春先は好調でオープン戦も結果を残していたが、開幕直前に腰痛と発熱を発症し、二軍で開幕を迎えた。出遅れて一軍昇格したが、チームの若手の成長もあり、スタメンを外れることも多く、79試合出場に終わる。ケガなく、レギュラーに定着してからは、ワーストの打撃成績に終わった。オフに3対3の大型トレードで7年ぶりの古巣地元のベイスターズに移籍が決まった。古巣に7年ぶりに復帰。往年の力もベテランの味を見せた。開幕は一軍。4月の対広島戦で代打本塁打。自身5本目、復帰後初本塁打(シーズン初安打)また守備の途中に左太ももに張りを訴え途中交代して登録抹消。5月に再登録され、対巨人戦で7回に代打として起用され追撃の2点本塁打、9回の第3打席で逆転サヨナラ3ランを放って、古巣復帰後2度目となる試合後のお立ち台。1試合2本塁打は10年9月8日以来で、プロ19年目にして初のサヨナラ本塁打。外野は激戦区で、中堅にモーガン、右翼に荒波が定着したが、ラミレスが不振で、併用で左翼で起用され、2010年以来の二ケタ本塁打を記録した。

プロ20年目を迎えた14年シーズンは交流戦で今季1号を放ち、若手がスタメン起用されるチーム事情の中、スタメン時は適時打を放つ勝負強さと攻守にベテランの味を見せる活躍。シーズン73試合出場、打率・272、4本塁打。8月に両アキレス腱痛など度重なる故障に今年も苦しんだが、対左投手は打率・375と「左キラー」ぶりを発揮した。オフに国内FAを行使せず残留。ただ一人になった最強年代のひとつ1994年メンバー。野手最年長となり、数少ない優勝経験者がチームを牽引する。

年度 チーム 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1995年 横浜(イ) 28 53 11 - - - 13 10 .208
1996年 横浜(イ) - - - - - - - - - - - - -
1997 横浜 18 26 .269
1998年 横浜(イ) 試合出場なし
1999年 横浜(イ) 70 197 45 - - 23 - 17 41 .228
2000年 横浜 84 226 58 29 13 64 .257
2001年 横浜 33 43 15 .163
2002年 横浜 81 183 43 16 54 .235
2003年 横浜 91 242 71 12 18 46 14 12 65 .293
2004年 横浜 123 449 137 19 40 100 10 39 126 .305
2005年 横浜 117 450 137 26 31 79 43 108 .304
2006年 横浜 39 127 35 20 14 29 .276
2007年 ソフトバンク 132 509 138 28 13 68 38 117 .271
2008年 ソフトバンク 39 149 45 15 29 .302
2009年 ソフトバンク 93 308 87 17 17 57 22 66 .282
2010年 ソフトバンク 140 513 166 33 27 89 33 10 93 .324
2011年 ソフトバンク 100 323 78 16 36 29 66 .241
2012年 ソフトバンク 79 200 50 20 18 43 .250
2013年 横浜DeNA 96 238 62 11 12 39 33 54 .261
2014年 横浜DeNA 73 147 40 23 16 23 .272
一軍通算成績 1338 4133 1161 202 14 195 643 43 20 333 49 961 .281
個人打撃成績 04年(13位)05年(13位)07年(21位)10年(5位)
獲得タイトル ベストナイン(10年)優秀JCB・MEP賞(04年)
オールスター出場(1回) 10年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1994年(春)甲子園 1993年県大会 1993年秋関東大会 1994年春関東大会
1994年(夏)甲子園 1994年県大会

甲子園戦績(1994年春・夏)
第66回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大府 (愛知) 5番(中)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 5番(中)
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄) 5番(中)
合計 3試合 11












斉藤 宜之
 
(さいとう・たかゆき)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1994年 右左 外野手 76/6/10
球歴 巨人ドラフト4位(95年〜07年)ーヤクルト(08年〜09年)
公式戦初出場 97年4月6日ヤクルト=東京ドーム
背番号 94(95年)−58(96年〜99年)−37(00年〜07年)−54(08年〜09年)

高校時代の活躍
中本牧シニア時代は世界大会代表でMVPも獲得。紀田と共に1年春からレギュラー。遠投100m、100m走は11秒台の俊足と三拍子揃った外野手。リストの効いたバッテングは勝負強く、高校通算39本塁打と長打力もあった。1年秋からはトップバッター。2年秋からは3番斉藤・4番紀田・5番多村のクリーンアップを組む。甲子園大会は春夏3度出場。卒業時にはメジャーにも狙われていたこともありました。
プロでの活躍
入団当初から長島前監督に期待されていたが、一軍定着できず伸び悩んだ時期もあったが、02年素質開眼。規定打席不足ながら、打率3割をマークしてチームの優勝に大きく貢献。同年日本シリーズでは、松坂(西武)から日本一を決める決勝打を放って、シリーズ優秀選手にも選ばれる。03年は、プロ入り最高の打席数、本塁打をマーク。レギュラー定着を期待したが、その後はケガに泣かされ続けている。07年はキャンプ前の交通事故の影響で大きく出遅れて、一軍出場なしに終わった。オフには戦力外通告。しかし、トライアウトを経てヤクルトへ移籍。移籍1年目は25試合出場も、09年は一軍出場なし。シーズン後に戦力外通告でプロ15年目で引退。10年〜14年はヤクルトの関東地区スカウト。2015年から現場復帰。ヤクルトの二軍打撃コーチをつとめる。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1995年 巨人(イ) 73 215 56 - - 15 - 27 32 .260
1996年 巨人(イ) - - - - - - - - - - - - -
1997年 巨人 32 39 .103
1998年 巨人 .000
1999年 巨人 40 32 .281
2000年 巨人 55 43 10 .233
2001年 巨人 34 17 .118
2002年 巨人 109 239 74 13 37 10 26 .310
2003年 巨人 109 374 108 16 11 52 16 68 .289
2004年 巨人 24 36 .194
2005年 巨人 46 108 26 11 .241
2006年 巨人 38 63 16 13 .254
2007年 巨人(イ) 38 60 15 .250
2008年 ヤクルト 25 26 .231
2009年 ヤクルト(イ) 72 202 70 - - 39 - 11 19 .347
一軍通算成績
(実働15年)
514 979 262 45 10 19 113 20 43 149 .268

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1993年(春)甲子園 1992年県大会 1992年秋関東大会 1993年春関東大会
1994年(春)甲子園 1993年県大会 1993年秋関東大会 1994年春関東大会
1994年(夏)甲子園 1994年県大会

甲子園戦績(1993年春、1994年春・夏)
第65回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
2回戦 上宮 (大阪) 1番(左)
第66回選抜高校野球大会
1回戦 大府 (愛知) 3番(左)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 3番(左)
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄) 3番(右)
合計 4試合 19














横山 道哉
 (よこやま・ゆきや)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1995年 右右 投手 77/6/1
球歴 横浜ドラフト3位(96年)−北海道日本ハム(04年〜06年)−横浜(07年〜09年)
公式戦初登板 97年7月6日広島=横浜スタジアム
背番号 43(96年〜03年)−15(04年〜06年)ー99(07年〜09年)

高校時代の活躍
1年秋からベンチ入り。190cmの長身からのストレートとフォークが武器の大型投手。2年春夏連続甲子園出場。エース矢野の二番手として甲子園でも登板した。3年夏の県大会準決勝では、コントロールを乱して降板。日大藤沢に大逆転負けを喫した。3年は秋夏とベスト4で甲子園にあと一歩届かなかった。全国屈指の投手で早くから注目されていました。
プロでの活躍
2年目から一軍に定着。セットアッパーとして38年ぶりベイスターズの優勝にも貢献。大魔神佐々木が移籍後は、後釜を期待されたが、故障もあり伸び悩んだ。01年オフに右肩手術後、03年オフに日本ハムへ移籍。開幕当初からストッパーを任され、オールスター初出場して、32セーブポイントで最優秀救援投手を獲得した。プロ入り最高の成績を残し、移籍1年目で守護神の座をついた。しかし、その後在籍2年は不調で06年オフに戦力外通告。トライアウトから古巣ベイ復帰。移籍2年目は中継ぎとして、4年ぶりの50試合以上登板。防御率も3点台前半と最下位独走のチームの中で奮闘した。09年は肘の故障もあり、14試合登板にとどまり、シーズン後に戦力外通告を受け、現役引退。10年からは横浜DeNAのスコアラーで球団に在籍している。。

年度 所属 試合 完投 投球回 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
1996年 横浜 - - - - - - - - - - - - - -
1997 横浜 18 27 20 27 1.67
1998 横浜 53 70 62 22 59 28 24 3.09
1999 横浜 43 691/3 77 12 19 57 38 38 4.93
2000 横浜 29 32 40 15 24 17 17 4.78
2001 横浜 1/3 4.26
2002 横浜 13 121/3 10 13 10 4.38
2003 横浜 18 10 10 10.00
2004 日本ハム 58 28 61 48 20 54 27 23 3.39
2005 日本ハム 48 12 501/3 49 21 46 27 25 4.47
2006 日ハム(イ) 30 - 311/3 40 24 24 15 4.31
2007年 横浜 36 38 40 15 27 14 14 3.32
2008年 横浜 51 582/3 55 22 61 25 21 3.32
2009年 横浜 14 15 19 12 4.80
一軍通算成績
(実働14年)
370 21 26 45 449 443 49 159 16 387 213 194 3.89
獲得タイトル 最優秀救援投手(04年)
オールスター出場(1回) 04年

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1994年(春)甲子園 1993年県大会 1993年秋関東大会 1994年春関東大会
1994年(夏)甲子園 1994年県大会
1995年県大会

甲子園戦績(1994年春・夏)
第66回選抜高校野球大会
回戦
1回戦 大府 (愛知)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山) 28
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄)
合計 2試合 34
第66回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大府 (愛知)
2回戦 智弁和歌山 (和歌山)
第76回全国高校野球選手権大会
2回戦 那覇商 (沖縄)
合計 2試合














幕田 賢治
(まくた・けんじ)
卒業時 投打 ポジション 生年月日
1996年 右右 外野手 78/5/5
球歴 中日ドラフト3位(97年〜05年)
公式戦初出場 97年10月5日横浜=横浜スタジアム
背番号 35(97年〜05年)

高校時代の活躍
父親は名門法政二夏春連覇のメンバー。1年秋から主軸を打ち高校通算25本塁打。長打を打てる三拍子揃った大型外野手として早くから注目されていた。2年時は池浦、幕田、阿部の2年生トリオが上位打線に座り、2年秋からは4番右翼。3年春夏連続甲子園出場。甲子園では本来の打撃ができなかった。
プロでの活躍
100b11秒3。遠投100b。俊足、強肩を期待され入団。6年目にプロ入り初安打、初打点をあげる。走攻守は一軍レベルも打撃の変化球へのもろさを解消できなかった。落合監督から右の4番候補の一人に期待されたが、プロ通算9年で力を出し切れず05年シーズンオフに戦力外通告で引退。

年度 所属 試合 打数 安打 二塁 三塁 本塁 打点 盗塁 犠飛 四球 死球 三振 打率
1997年 中日 .000
1998年 中日(ウ) 88 235 55 - - 30 - 14 56 .234
1999年 中日(ウ) 78 124 34 - - 10 - 38 .274
2000年 中日(ウ) 90 281 72 - - 26 - 14 71 .256
2001年 中日 .000
2002年 中日 15 .200
2003年 中日(ウ) 54 121 24 - - 11 - 13 33 .198
2004年 中日 19 .000
2005年 中日 .000
一軍通算成績
(実働9年)
34 31 15 .097

関連リンク
甲子園大会 県大会 関東大会
1996年(春)甲子園 1995年県大会 1995年秋関東大会 1996年春関東大会
1996年(夏)甲子園 1996年県大会

甲子園戦績(1996年春・夏)
第68回選抜高校野球大会
回戦 打順/守 二塁 三塁
1回戦 大阪学院 (大阪) 5番(右)
第78回全国高校野球選手権大会
2回戦 北嵯峨 (京都) 5番(右)
3回戦 福井商 (福井) 5番(右)
合計 3試合 11




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